2004年12月17日
SNSはオープンになるべきだと思う理由
[P2P]P2PとSNSの融合??その1:ユーザ認証 -Tomo’s HotLine-
リンク先は、FOAF等を認証アカウントに用いて、P2PのSNSを構築する場合の技術的考察。
私は技術的に深いところはあんまし判らないんだけど、システムの必要性的に、SNSはオープンに…というかオープンなアカウント認証サービス(FOAFベースでも、TypePadや.NET Passportベースでもなんでもいいんだが)とクローズドでセグメント化されたネットワークサービス部分に別れるべきだと思っていたので、こっちではその視点から考えをまとめてみる。
私はオープンである事だけが必要だと思っているので、必ずしもP2Pである必要は感じていないので、リンク先とは「FOAF」と「SNS」くらいでしか繋がりはないんだけど。
今SNSが盛り上がっている理由って、2つの側面があると思う。
- システムとその提供する価値観自体の目新しさ
- 開放空間内に新たに現れた閉鎖空間での、一種の特権意識をも含んだ、濃密なコミュニケーションに対する盛り上がり
このうち、前者はいうまでもなくSNS自体の新しさなわけだけど、後者って、10年近く前のインターネット初期の頃にだって同じような盛り上がりはあって、その歴史を繰り返しているだけに過ぎないと思うのです。
その頃のMLのオフなんてどれも今の無敵会議に近いような期待と盛り上がりをみんな感じていたわけです。
その前の、パソコン通信の時代だって似たような感じだったのだと思います。
こんなのは、ほんと一時的なだけのものであって、確かに最初は面白いんだけど、どんどん人が増えていくうちに面白さが消えていってしまう。
この部分の盛り上がりに頼ってシステムを膨らませていくと、最後には、サービスとして成立させるには会員を増やさないといけないけど、サービスのクオリティを保つには会員数を抑えないといけないというジレンマが生じてきてしまいます。
インビテーションを会員の身元保証のクオリティを保とうというのも、事実上ここまで来ると不可能に近い。
実際既にSNS内でネットストーカーみたいなのも発生していると聞いた事もあります。
また、新しいSNSができる度に、加入するとまた自己紹介を書かないといけない、というのもかなり鬱陶しい。
それが新規SNSができても、会員獲得する際の障壁になっているのでは、とも思います。
SNSに詳しい人や実際に立ち上げている人が集まるSNSメーリングリストというところがあるのですが、そこではSNSのトップのところで議論をしている人達から、「もう自己紹介を書くのは面倒だ」「俺は新しいSNSにはもう入らない」等と書いているのを読んだ事があります。
その同じ人達が、新しいSNSサイトが出来るたびに盛り上がっているのが、個人的にはイマイチ理解に苦しみます。
今の形のSNSでは、以前CNETで記事が出ていた「nice to haveからmust have」への転身は図れそうにありません。
まさに、Niceであるその部分だけで盛り上がっているふうな感じですから。
では、Mustになるにはどこを伸ばせばいいのか、と考えると、私は人と人との繋がりがシステム化されている部分ではないかと思うのです。
今のところ、SNSの友達の友達といったネットワークを表現している部分は、正直言って刺身のツマくらいの扱いしか受けていないと思います。
というか、SNSにしろFOAFにしろ、せっかく人の繋がりを分析・可視化できるようにしているのに、今のところFOAFnautみたいな見方が出来て面白いね、というくらいの使われ方しかしていません(面白い…ここでもまだNiceか!)
なんでかというと、SNSにしろFOAFにしろ、人と人とのネットワークが単一の重み付け - 友達とか、knowsとか - でしか表現されていないからだと思います。
ネットワークをシステム的に利用しようと思うと、重み付けがはっきりしていなければ何の解析もしようがありません。
論理的に繋がっているかどうかしか判らず、それぞれの線がアナログ回線なのかギガビットネットワークなのかも判らないIPネットワーク図でシステムを組めといっても無理なのと一緒です。
逆にある程度重み付けが判ったネットワークなら、どんな応用でも効くというものです。
で、何が言いたいかと言うと、その重み付け部分を、セグメント化された各SNSが承認する形にできないか、という事です。
各SNSが独自のユーザアカウントで、独立したネットワークを組んでいる限り、本記事の最初に挙げたような問題点は解決されないし、そのネットワーク内では個々人の繋がりは画一的で、再利用性の少ないものになってしまう。
でも、各SNSでアカウントを共用して、かつSNSのセグメント毎に、ビジネスSNSのサイトAでの繋がりはビジネス上の付き合いである事を保証する、地縁SNSのサイトBではご近所さんである事を保証する、学校SNSのサイトCでは同窓生である事を保証する、等とすれば、今日ビジネスで会ったDさんの名刺に刷ってあったオープンアカウントをサイトAで自分の知人として登録すると、サイトB・サイトC経由で実はその人は隣の家のEさんの高校時代の同級生だった、とかが判ったりと、コミュニケーションの幅が大きく広がる可能性が生まれる。
これは、非常に面白いんじゃないかと思うのです。
またアカウントをオープンにする事で、最初に挙げた問題点も多くは解決するのではないかと思うのです。
閉鎖空間での限られた人数での濃密なコミュニケーション…これに関してはなくなってしまいますが、もともとが一時的な盛り上がり(Nice)を打破してMustに移行するための考察なので、これはし方がない。
むしろ、それを捨ててMustな部分を追求する事で、経営的にはユーザを増やす必要があるけどサービスクオリティのためには抑えないと、というジレンマが解消されます。
ユーザの身元保証も、インビテーションというあいまいなものを使わず、TypepadやFOAFの個人認証機能などもっと主体的に個人を保証するものを使う事で、ユーザ数を増やす機会をわざわざ縮小させる必要がなくなります。
アカウント自体は共通なのだから、新しいSNSに入るにしても自己紹介云々を気にする必要もなく、必要だと思えばさらっと入る事もできるでしょう。
後発だからと不利になる事もありません。
友達間だけでのコミュニケーション、といった完全クローズドな場を提供できるのもSNSの役割の一つですが、これをFOAF等を活用しオープンでできないか、というのが本記事冒頭でリンクした記事での考察にもなっています。
また、今月号のInteret Magazineでの、Six Apart会長のバラック・コービッツ氏のインタビューでも、将来Blogはプライバシーも考慮し、誰でも読める記事だけではなく、知人等特定の読者にしか提供されない記事も書ける、といったプライバシーのカスタマイズが重要になってくる、といった事が話されています。
こうなってくると、クローズドなサーバ内でのアカウント、個人の日記、コミュニティ、ユーザ間のネットワークから構成される今のSNSは、将来は共通アカウント、個人のBlog、オープンコミュニティ(もちろん認証によりクローズドにも出来る)、ユーザ間の重み付け保証されたネットワーク、といったオープンなシステムに変わり、このうち後者2つ(コミュ、ネットワーク保証)を、将来のSNSサービスは提供するようになるのかな、と思っています。
[composed and posted with ecto]
-- 追記 --
後になってですが、川岸さんブログのトラックバック先をいくつか拾い読みしてみました。
その中で気になった記事いくつかに。
SNSが「しっくりこない」 - TINCONENTAL on arena -
この方の(現状の)SNSへのしっくりこなさ加減、私にそっくりです。
まさにそんな感じ。
ソーシャルネットワーキングなお話 -もっとコンピュータが好きになるblog-
この方も現状のSNSに不満を持っている感じ。
私もあまり現状のSNSをアクションを起こす場としては考えにくいです。
そういえばmixiに。 -機械忍者-
この人も批判派ですが、
誘って欲しい人いたら言ってください。キヌガサもmixiも誘えますので。Greeはダメです。(この人を批判しているのではなくて)こういう状態なので、インビテーションと言うシステム自体が実際にはすでに破綻しています。
特にSNSに触れたことないとか言う人いたら、是非触っておいたらどうだろうとか。
かくいう私も、とりあえず経験しておこうとこういうノリで入れてもらったので。
Excerpt: 最近,びみょ〜にここのblogで扱っているネタが1980年から90年にかけてのコンピュータの話が多かったような気がします.混沌としていた時代なので,面白い話も多いので,そこいら辺の話が多くなるのも仕方ないのかなとか思ってますが. しかし,あんまりコンピュータの...
Weblog: もっとコンピュータが好きになるblog
Tracked: 2004年12月17日 17:46
Excerpt: 現状のSNSはイマイチだと感じている方々。
Weblog: 浅倉卓司のログ@WebryBlog
Tracked: 2005年01月31日 18:56
Excerpt: 「Web2.0への道」買った。 ...
Weblog: ここギコ!
Tracked: 2006年04月21日 02:45
トラックバックありがとうございました.
とても興味深いお話でなるほどね〜と思いながら読んでいました.
SNSは,僕のblogでも書いてあるとおり,現状のままではダタの「交換日記」システム程度に成り下がってしまうと感じています.
しかしながら,完全にオープンなSNSではSNSとしての魅力が損なわれてしまうので賛同はしかねます.僕の意見としては,地域とSNSを結びつけたり,団体活動とSNSを結びつけたりして,実際の(リアル世界の)社会活動に結びつけていくことによってSNSの存在が引き立つのではないかと考えています.そのひとつの手法の一つとして地域通貨を考えているわけですが.
長々とすいませんでした.暇ならまた読みにいらしてください.
Posted by: udpip at 2004年12月17日 17:53コメントありがとうございます。
オープンという点に関して誤解があるかもしれませんが、私の書いているオープンと言うのはアカウントの共用等システム的なオープン性だけで、コミュニティや日記の中身が第三者にも見えてしまうとか言うような、機能面でのオープン性は主張していないです。
アカウントをオープンにしていても、コミュニティはSNSシステムの内部に作っておけばクローズドにできますし、日記等も、現状は無理でしょうが将来FOAF等での認証技術が進むと、公開Blogに書いておきながら読めるのは特定SNSへ参加している書き手の友人のみ、といった事も可能になってきます。
そういった形での実運用面でのクローズ性は維持できます。
これなら特に矛盾はないと思うのですが…。
例えば地域のSNSと団体のSNSで、両方に入っている人がいるとして、現状のクローズアカウントだとリアルで教えあわないとお互いが両方に入っている事は(本名とかで登録していない限り)判らないですけど、オープンアカウントならすぐに判り合えます。
また、いちいち自己紹介を書かなければいけない、等と言った障壁が低いので気軽に入れるようになり、リアルでは関係A、B、Cの3つで他人と関わっているDさんが、登録が面倒くさいからSNSとしてはA、Bしか入っていない、といった事も少なくなり、SNSの世界がよりリアルを反映している状況を作り易いと思うのです。
この方がより現実に近く、よりMustに近いインフラに、SNSがなるような気がするのです。
トラックバック、ありがとうございました。当方、文字コードがUTF-8なため、文字化けしてしまいまして、すみません。
僕が一番危惧しているのは、SNSをリアルな人間関係の延長と考える人と、ネット特有のバーチャルな世界の延長と捉える人が、お互いの前提条件を理解しないままに同じドンブリの中に放り込まれている点です。
SNSから何かが生まれるとすれば、参加者それぞれが自分のスタンスを明らかにして、他の参加者もそれを理解した上で、お互いに「気を遣った」コミュニケーションの場にしていく必要があるのではないかと思っています。声が大きい方や数が多い方が勝ちとか、そういうルールではない、共通認識として新しいコミュニケーションのルールが必要な気がしています。
Posted by: あかむら at 2004年12月17日 18:27コメントありがとうございます。
ルール面は、新しくできたコミュニケーションの場での各人のリテラシーの向上で、共通認識が自然にできてくるのを待つしかないのかなーという感じを受けます。
手っ取り早く、おっしゃるような目的のはっきりしない五目丼みたいな状況を改善して、完全に目的別にセグメントを分けてしまうのもありかなと。
ビジネス、地域、同窓、同趣味、性別、等等。
バーチャルな関係と言うのもある意味「バーチャルな関係」というリアルですから、それをセグメント分けすれば、例えばあるMMO参加者だけのSNSとかもありかもしれない。
でも、あんまり細分化すると、クローズアカウントでは入る時の障壁が高すぎるので、その辺を解消するのがオープンアカウント、という事なんです。
SNSはどっか一つのところに入っていたらそれで万事OK、というものではなくて、目的に応じて使い分けていく物になるのではと感じています。
少なくともそれがMustになっている状況をイメージした限りでは。
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