2005年08月20日

従軍慰安婦の偽証?

Posted by nene2001 at 14:30 / Tag(Edit): ianfu history opinion / 1 Comments: Post / View / 0 TrackBack このエントリーを含むはてなブックマーク

私は以前は、従軍慰安婦問題情報室というサイトを運営していた経験があります。
そっちが一区切り付いてからは特にこの問題を取り上げる事もなかったのですが、最近興味深い記事を見つけたので久しぶりに従軍慰安婦について書いてみます。

ある従軍慰安婦の偽証ー黄錦周の証言

これが全て同一人物・黄錦周(ファン・クムジュ)さんの証言です。
記憶違いとか言うレベルじゃねーよ!(怒)
一体、何回従軍慰安婦とやらになったのか…
これらの証言を信用できる人…もう一度小学生からやり直して下さい。

うーん。
私の体験からちょっと思う事を書けば...。

俺って、学生時代は識字教育の講師のボランティアやってました。
主たる対象は、在日一世の婆さんとか、まあ貧しさとか韓国人自体の「女に学問は必要ねえ!」みたいな儒教意識の犠牲になって、子供の頃に文字を覚える機会のなかった婆さん達に、マンツーマンでひらがな・カタカナ・漢字を教えたりするボランティアで、あと余裕があればニューカマーで日本語学校に行く余裕のない外国人とかも受け入れていたんだけど、
そういうところにやってくる婆さん連中って、まあ人により差はあるし、こう俺が書いちゃう事で新しい偏見・ステレオタイプを引き起こす可能性もあるかもと思うけど、あえて印象を固定化して書いちゃうと、みんな記憶とか時間の感覚があいまいなんですよね。

別に、政治的主張が絡んでいるわけでもなく、偽証する必要もない、例えば孫が何々をしたとかそういうごく普通の話題で、またやっぱり嘘をつく必要もない俺らに話す内容も、その時その時違うんですよね。
話題の大筋は一緒なんだけど、細かいシチュエーションが前聞いた時と大分違うぞ?とか思ったり、結局それは先週の事なのか、先月の事なのかさっぱり判らなかったり、と言う事もしばしば。
子供の頃の思い出の話とか聞いたりすると、もっと混乱してたりする。
思うに、こう書くことすら偏見かもしれないけど、文字が書けない=自らの体験を後で振り替える際に視覚的に確認する術を持たない、人達の精神世界って、俺達のそれとは大分違うんじゃないかと思ったりするのです。
俺だって、例えば大学時代、サークルの合宿で知多半島に行った事があるなあ、なんて記憶はあっても、それが大学何回生の時の合宿だったか、と聞かれると、すぐには思い出せず、大学1回生の時はあそこで、知多半島の時は何際下の後輩までいたから...とか、間違えはしないけどちょっと論理的に考えてから初めてそれが何時だったか思い出せる。
その時に手段として視覚的に自分の体験を再現する文字も、豊富な語彙も使えず、また何十年も前の事だとなると、文字の使える精神世界の人間からは信じられないような、矛盾を含んだ記憶を語ってしまう事もあり得るのかなあと、個人的な体験からはそういう可能性も考えられる。

この黄さん?は、証言の中に女学校に通ってた、とかってのもあるから、文盲なのかどうか、とかは判らないけど、まさに俺が教えてた婆さん達とほぼ同世代だろうから、そういう事もあるのかなあと、自分の体験からは想像する。
そもそも西暦で出ている値に関しては、黄さんが普通に西暦を使えるとは思えないから、それぞれのインタビュアーがその時その時、黄さんから得た情報を総合して後から照らし合わせたものだろうと思うし。
逆に、マジで偽証しようとしているなら、言質をとられないように全て辻褄を合わせてくるだろうから、むしろそのような工作が見て取れない分、個々の証言で黄さんの語った事を工作なくそのまま挙げているという事だろうと思います。
そして、個々の証言の矛盾は埋めようがないから、資料としては信用できないとしても、証言全体として一つ確実に言える事は、慰安婦になったという体験=それが日本軍によるものなのか、業者の暴走によるものなのか、或いははたまた、彼女の両親が彼女を売ったのか、というような事は、彼女自身も高みから見てるわけではないので今となっては判らないとして=は、彼女が望んだわけではなく、意に沿わぬ、苦痛に満ちた物だったと言う事だけは、確実に言えると思います。

もちろん、俺も過去歴史実証主義に基づいて議論してきたものとして、いかにその体験が本人にとって辛いものであったとしても、このような矛盾だらけの証言を根拠に、法的に決着をつけられたり、万人が納得するような賠償とか、そういう手段は取れないと思います。
とはいえ、(本人の意に沿うものであったにしろなかったにしろ)慰安婦という存在が居た事が、日本軍の兵士にとって心の癒しになったという事実はあって、小林よしのりですら確か「ゴー宣」のどこかの章で「慰安婦のばっちゃん達には感謝しないといけない」と書いていた(はず)のを考えると、
その中の一人が、その体験は嫌だった、意に沿わぬものだったと叫んでいるだけの事(それが国家補償を勝ち取れるかどうかなど、本当に国際法的に問題があるのかどうかなど、専門家が議論してさえ難しいような問題、本人には判断はつかないはず。本人は今になって言う場が与えられたので、嫌だった、という事を一貫して言っているだけでしょう。)に対して、やれ寄生虫だの、何だのと罵倒する事は、むしろ日本人として誇りを持つならば、あってはいけない事だと思うのです。

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