2006年01月23日

ライブドアとオウムが似ているのではなくて

Posted by nene2001 at 01:22 / Tag(Edit): livedoor aum / 2 Comments: Post / View / 2 TrackBack このエントリーを含むはてなブックマーク

オウムとライブドアの類似性を説く人がいっぱい
マスコミすら、そう重ね合わせて見させたい意図が見え隠れするような気がする。 

ライブドアとオウム? -kajougenron-

オウムが1990年代前半の脱社会的欲望を集めたように、ライブドアは2000年代前半の脱社会的欲望を集めたわけだ。

かつて宮台真司が「オウムにはまらず終わりなき日常を生きる知恵」を説いたように、今後は「個人投資による一発逆転の夢を見ずに終わりなき日常を生きる知恵」が必要になるのかもしれない。

この次元であれば、語彙とか語る背景が少なすぎて論理的に説明できないけど、感覚的に判る。納得できる。

でも、選挙の失敗とか、側近の死とか、そういう具体的な事実を挙げて類似性を言い出した途端に胡散臭くなる。
選挙の失敗とかいったって、結果を表す言葉だけ見りゃ一緒だけど、かたや1000票程度しか得票できず、かたや一応時の為政者(笑)から協力を請われて、もうちょっとで相手陣営を倒しかねないところまでいったのとでは、全然訳が違う。
オウムではその選挙敗退の結果として反社会性がエスカレートしてサリンなんかに繋がっていったけど、ライブドアでは選挙は会社の広告塔として利用はされたけど、落ちたことそれ自体は多分ライブドアの正確自体にはなんも影響してないと思うし。選挙に落ちたから粉飾決算したわけでもないだろう。

組織にしたって、ライブドア=オウムと断じたい立場からは、ライブドアという会社そのものをカルト集団とみなしたい意図がありありで、ライブドアの忘年会のビデオも新興宗教みたいだとか言われてるけど、
別に俺が前々職の時関連会社に出向してた時も、その出向先ベンチャーはあんな感じでホテルのパーティルーム借り切って、あのくらいはじけた全社宴会やったりしてましたけどね。
世界一目指せ!じゃなかったけど、社員の力合わせてオンリーワンを目指すぞ!みたいなのあったし、流石に札束飛び交ったり、kobaryuが来たりはしなかった(というか当時いねー)ですが。
元中の人も現中の人も知り合いいますが全然普通のクールな人達ですし、このスレ光臨の社員とか見てても(これ自体釣りの可能性あるけど)、むしろ中の人ほど、今の役員いなくても事業は続くし潰れるなら辞めるし、くらいの冷めたスタンス持ってる。
むしろホリエモンに踊らされて、崩壊した今になってもいまだにホリエモン妄信したコメントとか書き込んでるいわゆる「信者」というのは、株主か否かは別として、ホリエモンの虚飾に自分の願望を重ね合わせてきた外部の連中が中心だと思う。
もちろん「信者」と「中の人」が重なってるケースもあるだろうけど。
そうなると、「信者」が組織化されて隔離されていた「オウム」と、組織化されておらず勝手に踊らされていただけの「ライブドア」では全然話が変わってくる。
反社会的行為による被害者も、「オウム」ではサリン事件で無関係の市井の人達が最大の犠牲者になったが、「ライブドア」では市場への影響はかなりあったけれど、最大の被害者というほどではない(月曜以降暴落するなら知らないけど)。
最大の被害者はむしろ、妄信のあまり二階建ての信用買いで追証地獄に陥った、一部の「信者」だったりしている。

そしてまた、「信者」に与えていたものが「オウム」では「魂の救済」という非現世の利益であったために、教祖、そして教団が現世の価値観で反社会行為を犯しても、「教義」という非現世の価値観には影響しないから、いまだに教団組織は存続して非現世の利益を「信者」に与えている(つもりだ)し、「信者」はいまだに非日常の中でたゆたっていることができるけど、
翻って「ライブドア」の「信者」は、これまでホリエモンが躍らせてくれた非日常から、借金地獄という現実に一瞬にして引き戻らされ、引きこもることすら許してもらえず過酷な日常を生きるしかない(引きこもりたいなら死ぬしかない?)。
もしライブドアが存続しても、オウムと違って昔得ていたのは「株価上昇」という現世利益であった以上、以前のようにそれから救いを得ることはできない状況で、元々組織化されてないからたった1人で現実に向き合わないといけない。

似ているように見えて、一つ一つの構成要素は全然違う。

結局似ているのは、「オウム」にしろ「ライブドア」にしろ、時々の「脱秩序」蓋を開ければ「反社会」的な「異形」に、日常から逃げ出したさについついすがってしまう、そして箱の蓋が開いてしまえば全部叩いてしまいたくなる社会側の精神構造であって、そのトリガとなった「オウム」と「ライブドア」自体は、全然違う物だろうと思う。

全体を俯瞰して、そこから類似性のモデルを引き出すのはアリだと思う。
でも、よく見れば違う個々の事象をキーワード程度だけを頼りに似てると拾い上げて、その数を集めてこれだけあるから全体を似てると論ずるのは、前者と似てるように見えて全然違うし、意味のないアプローチだと思う。

Related query words in Google & Yahoo
Related Books from Amazon
Trackback to this entry
TrackBack URL :
Trackbacks
LDとオウムが似ているのではなく、LD報道とオウム報道が似ている
Excerpt: ライブドアとオウムが似ているのではなくてより。結局似ているのは、「オウム」にしろ「ライブドア」にしろ、時々の「脱秩序」蓋を開ければ「反社会」的な「異形」に...
Weblog: 眠る開発屋blog
Tracked: 2006年01月24日 01:15
パソコン通信の歴史を知ろう
Excerpt: 別に意味があったわけではなく、何となく思いついたから書いてみただけのこ...
Weblog: ここギコ!
Tracked: 2006年05月14日 09:50
Comments

ここがドア類似された!

Posted by: BlogPetのここ at 2006年01月23日 09:26

人の行為の結果が似ているのは当り前ですね。パターンにはめて先を予測する? インスタントな方法ではあります。
受験のテクニックのようなものですね。頭を使わないで楽して答えを求める行為ですが、そんな思考方法をしているから騙されたりするんでしょうな。

Posted by: ひゅ〜 at 2006年01月24日 18:59
Post a comment












Remember personal info? 
2006年01月
Su Mo Tu We Th Fr Sa
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

About Me

Navigation

Search
Google
Web
kokogiko.net
Archives
Recent Entries
Recent Comments
Recent Trackbacks
わしズムを読んで「アイヌは民族じゃないよ だから先住民族ではあり得ない」というような奴には、「国連先住『部族』の権利に関する宣言だよ」で問題ない(ここギコ!)
わしズム内の一服の清涼剤「るいるいかむい」
姫路のオモシロ寿司屋(ここギコ!)
0系こだまとひかりレールスターに乗ってきた ドクターイエローも見た
姫路のオモシロ寿司屋(ここギコ!)
位置情報ベース広告AdLocalへ一般からも入札が可能に
「定義できない」とのたまうものを自説根拠の説明の中で延々と使う不誠実(笑)(ここギコ!)
文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択
現代アイヌの政治運動は利権獲得のためのようだな。(むにゅう!の平和大好き! はてな基地)
文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択
的外れですた恥ずかしい Googleは世界標準の絵文字を作ろうとしてるわけではない、少なくとも、今のところ(ここギコ!)
絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと
すごい職場の活性法(これが答えだ)
人員がクラスタ化できている職場と言うのはうらやましい そろそろ限界です
文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(ここギコ!)
大和民族の定義云々について
歴史のダイナミズムの元では右翼こそ変わらなければならない(ここギコ!)
右翼はアイヌや沖縄を包摂する論理を構築すべきではないのか
右翼はアイヌや沖縄を包摂する論理を構築すべきではないのか(ここギコ!)
大和民族の定義云々について
Hatena bookmarked
My del.icio.us

Banners

Syndication
Powered by
Get it!!