2006年03月20日

何でも叩けばいいってもんでもなく、明日は我が身か

Posted by nene2001 at 17:22 / Tag(Edit): crime psycology / 0 Comments: Post / View / 0 TrackBack このエントリーを含むはてなブックマーク

以前にもこんなエントリを書いたが、この事件に割と興味を持っている。
この犯行に至るまでの犯人の心理に、どんな経緯があったのか。

別に犯人を弁護する気もないし、別に情状酌量しろとかそんなんじゃない。
凶悪事件であることには間違いないし、その1点において別に犯人が縊られようが別に気にはならない。
自分の息子が被害者であった場合を考えたら、どんな理由があろうと俺も多分犯人を死刑にしろと思うし...いや多分、なってみないと判らないけど、少なくとも最初は思うと思う...犯人を救うためにどうこう考えると言っているんじゃない。

でも、他にも最近ぼこぼこある快楽犯罪や、身勝手な凶悪犯罪、虐待犯罪なんかと同様、2ちゃんねるニュー速とかでみてるとこの事件もやれチャンだの、DQNだの、そういうアレで叩きまくってるだけでその裏を考えようとしてるのに行き当たらないんだけど、本当にそんなに単純な犯罪か?と思う。
少なくとも、俺にはこの犯人の動機が理解できない。

他の凶悪犯罪は動機が理解できるのかって?理解できる。心情、感情的には理解できないが、論理的には理解できる。
単に普通の凶悪犯の連中は、自分或いは自分達以外には守るべき何者かも何もない状態で、社会に対しゼロサムゲームを挑んでいるにすぎない。
守るべきものがないから自分以外の者に被害というマイナスを与えて、自分は快楽や利益といったプラスを得ることが合理的な選択として行動している。
普通の人の場合そこに社会性等といったリミッター、守るべき指標が入るからそんな行動には出ないが、その指標さえ持たなければごくごく合理的な選択で論理的には理解できる。
だから捕まえた後、人権なお方は更生させる=そういう一般指標を叩き込ませて社会復帰させろというし、過激なお方はそんなのは無理だからそういう指標をこれまで持てなかったような連中は誰でも彼でも縊ってしまえ、とおっしゃる。
こういう犯罪からはあまり学ぶことはないと思う、もちろん、なぜそいつが社会指標を持てなかったのか、という事を追求するのもアリだと思うが、そんな事追求しても、結局なんとなく抽象論で社会が悪い、とか、そんな証明も出来ないし実効性のある処方箋も出せない結論しか出ない。
こんな犯罪からは、別に自分の事として何も学ぶ必要はないと思う、ある意味公理の違う世界に住んでいる連中が己の論理で起こしている事だし、一朝一夕で俺らが彼らの立場に転落する事はありえない。

もちろん、守るべき者を持っている連中が凶悪犯罪を起こす事もある。
ちょっと前、羽振りのよかった時代から愛娘をバレエに通わせつつ、その生活を維持するために詐欺だったか強盗だったかを起こした事件があったはず。
これも、守るべき娘を持っての上の犯罪ではあるが、稚拙であろうが精巧であろうが、自分達の脳内では犯罪が露見しない、すなわち愛する者にその悪影響を与えることはないと考えての行動であろうと思われるので、これも彼らの公理の元では合理的な行動。
学ぶべきものはない。

だけど、件の犯罪の場合はちょっと違う。
動機は「愛する娘が他の子供達に負けたくない」と考えた、すなわちそこまで自分を越えて娘を愛しているということだ。
これは人間的感情で理解できる。
だが、愛する娘にとって本当の幸せって何?目の前の「負けている?」友達2-3人が死んでそいつらに負けなくなったらそれでいいの?
その辺の子に勝っていようが負けていようが、母親と一緒にずっと暮らせて、幼稚園の友達ともずっと仲良くできて、同じところでずっと暮らせるのがこの子の幸せだろう。
ところが、この事件で、犯人の母親は多分どんな判決になろうと娘が成人になるまでに出てこれる事はない、死刑になればもう会えないだろうし、そして今後、幼くして殺人犯の娘として地獄の人生を歩むのだろうと思う。
娘を愛するがあまり、娘をもっとも不幸に陥れる行動をとる、そんなことがあるのだろうか?

もちろんこの犯罪が、誰にも判らないように計画的に、死体は隠され証拠隠滅もされ、バレない形で行われたものであったなら、「バレない」というおかしな公理の元に合理的に行われた行動であるので、何も学ぶことはない。
だが、その日の共同通学者なら被害者は誰でもよかったと言う無計画さ、死体はその場に置きっ放し、これでバレないと思う方がおかしい。
確実にバレるのは判りきってる中で、その事が愛する娘を不幸にするのは判りきっていて、あえてやってしまった。
これは異なる公理での合理的行動による犯罪ではなく、娘を愛するといったこちら側の公理に十分に立っているにも関わらず、非合理な行動を取ってしまった事による犯罪だと私には思える。

異なる公理ならば、少なくとも自分が加害者になるという事に関しては、ある意味どこまでいっても他人事だ。
同じ公理に立っているにも関わらず非合理な行動をしてしまう事でおきる犯罪はやっかいだ。
誰しも常に合理的な行動が取れるとは限らない、よって非合理な行動を引き起こすトリガが、ストレスか、疎外感か、何にせよ、それが自分に降りかかって自分が加害者となる可能性もあるのだから。
もしこの犯人がそういうトリガを生み出す状況に置かれていたとしたら、どんな理由があろうと犯罪は犯した結果で裁かれる以上、彼女が重い罪で裁かれなければいけない事は間違いない。
でも、その事でそこに何か「同じ公理の精神世界に住んでいる者も非合理の行動に誘うトリガ」がありそうなのならば、それを分析して次のこういった犯人を生み出さない施策を考えなければ、彼女をDQNだなんだと嗤っている俺たちが、明日は裁かれる身かもしれないと、そういう恐怖を感じる。

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