2007年01月26日
ポジティブなロックインとネガティブなロックイン
うーん、ロックインという点ではそうなのかもしれないけど...。
Googleのロックインは、なんというか「ポジティブなロックイン」という気がする。
仕事をする上で、また他社に転職する際なんかでも評価の上でもっとも重要な?技術力の追求に関しては、徹底してやらせてくれるわけですよね。
Googleで「子ども扱い」されて身につかないようなことは、別に自分達の努力次第で何とでもなることだから、他社に移ろうと思えば何時だって移れるわけです。
Googleで鍛えられることで100ポイントの技術力を身につけた技術者が、Googleでは常に120%のパフォーマンスで出せていたものが、他社に移って生活するうえでの諸懸念に追われるようになって80%のパフォーマンスしか出せなくなったとしても、それは十分「即戦力」だと思うし。
他社でも120%出したいと言うのならば、Googleがやっていてくれたことを全部やってくれる家政婦さんでも雇うという考え方だってあるわけだし。
もちろん、それが面倒だから全部を面倒見てくれるGoogleに残ろうという気になるのだろうし、だからこそのロックインなわけだろうけど。
でも、他社に移る際にも有利になる技術力は徹底して追及させてくれた上で、さらにメリットを与えての囲い込み、メリットを捨ててもよいのであればどうぞご自由に、ということなわけなので、どちらかというとポジティブなロックインと言う気がします。
でも伝統的日本企業のロックインは、どちらかというとネガティブなロックインという気がします。
出て行かせない、というよりは、そもそも出て行けない人間を作るというか。
それぞれの企業独自の文化の中で、独自の技術や慣習の中でしか生きられない、組織の歯車的な人材をたくさん作って、それで外の世界では通用しない状況を作ってロックインしているような感じではないかと。
それぞれの企業の独自規格の中では高いパフォーマンスを発揮できるのだろうけど、一旦外に出て客観的尺度で見れば、10とか20とか程度の技術力しかないような人間なので、そもそも外に出ると言う選択肢が取れないというか、そんな感じのところがあるのではないかと思います。
なので、単純にGoogleの人材戦略と日本の終身雇用制が似ている、といってしまうのは、個人的には違和感を感じます。
Excerpt:
Weblog: のこぶろぐ
Tracked: 2007年04月26日 23:15
![[ここギコ!]](http://kokogiko.net/logo.png)



・「定義できない」とのたまうものを自説根拠の説明の中で延々と使う不誠実(笑)(むにゅう!)
・絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと(kokogiko)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)
・絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと(ひゅ〜)
・絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと(kokogiko)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(kokogiko)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)