2007年01月30日
むしろ「口先番長」であってこそ意味があるイントラブログ
私という人間がどういう人間かというと、「口先番長」かGeekかと言えば、Geekに「口先だけ」とDISられいじられるしかない「口先番長」なわけで...
のくだり、当初「口先番長」のところを「Visionary」と書いていたんですが、otsuneさんに
Visionaryって「アイデアを口先で言う人」のことじゃなくて「アイデアをいろんな手段で実現する人」だと思っていたから、言葉の定義に違和感ある。潰された愚痴を言うのは口先番長
というツッコミを はてブで受けましたので「口先番長」に変えました。
元々Visionaryという言葉自体は、江島健太郎さんの記事で知って、
まず、「ワタシはこの技術が絶対に次にくると思う」っていう言明には意味がない。ビジョナリーぶって色々なところにツバつけておいて、将来に「ほらね」って言いたいだけだ。
といった感じの揶揄する文脈で書かれていたので、ああ、アイデアと口先だけで自分で実装できない、Geekからは揶揄されるような連中の事を「Visionary」というのだな、と意味を受け止めていたために「Visionary」を使っただけで、別に「Visionary」で違和感を感じると言われるなら「口先番長」で全然無問題です。
むしろ、先のエントリの本質から言えば、いかにも「無脳」という響きがぷんぷんする「口先番長」という言葉の方が本質が強調されるので、よい言葉を下さったotsuneさんには感謝です。
何となれば、先のエントリは書く方の自意識視点から書き過ぎていて判りにくいですが、本質的には「決して万能ではない社員達から、どのように有用な情報や発想、活動を掬い上げるか」の手段として、イントラブログやSNSが有効ではないかという事を書いているわけなので。
会社というものが、otsuneさんの書かれた「アイデアをいろんな手段で実現する」能力が一人の中に備わっている社員ばかりの、ドリームチームであるならば何も問題はないわけですが、実際にはそんな夢みたいな会社はまず存在しないわけです。
実際には「アイデア」力と「いろいろな手段で実現する」力が別の人間の中にしか見出せないような、無能な(というか万能でない)人間の集まりとしての会社が、組織力としてできる限り有用な情報や発想、活動を取りこぼすことなく活用できるようなシステム作りをしていかなければならないわけで、そのようなシステム作りの1構成要素として、バラバラの「アイデア」と「実行力」が自発的に出会えるような場としてのイントラブログ、イントラSNSに意味があるのではないかというのが、先のエントリの意味するところなわけです。
基本的な命題として、「アイデアを自分で実現できないような奴のアイデア自体が、取り上げる価値のない糞である」というのが真であったり、「誰もが自分のアイデアをいろんな手段で実現できるレベルで有能でなくてはならない、そうでないような奴はビジネスの場から退場すべきである」というようなものが真であるならば、私の主張など何の価値もないですが。
実際にはそうではない、「口先番長」をはじめとして様々な次元で「無能」な人の寄せ集めとして機能せざるを得ない会社というものが、いかに自分達の中に生じた可能性を取りこぼすことなく拾遺できるようにするかについて語っているわけなので、「口先番長」等と出発点としての無能さを強調してもらえることはむしろ喜ばしいわけです。
口先番長、いいんじゃないですか。
昔受けた『起業家精神』の授業でこんな言葉がありました。
『Star team is not a team of stars』
要するに、スーパースターを集めても良いチームになるわけではない、と。
いろんな人がいて、多様性があるから、かえって強い。Geekな人もいろんなジャンルのGeekな人が集まれば強いけど、同じような価値観のGeekの人の集団だと、時代が動けばすぐに適応できなくなってしまう。
口先番長、アイデアだけ番長、行動力だけ番長、考えるだけ番長、みんなの力を結集してStar Teamにする手段としてイントラSNSとか、アリじゃないでしょうか。
![[ここギコ!]](http://kokogiko.net/logo.png)



・「定義できない」とのたまうものを自説根拠の説明の中で延々と使う不誠実(笑)(むにゅう!)
・絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと(kokogiko)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)
・絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと(ひゅ〜)
・絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと(kokogiko)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(kokogiko)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)