2007年04月17日
支えるものの少なくなった文化は、どうすればいいんだろうね
「アイヌ民族」とか「イヌイット」とか「ネイティブアメリカン」とかって、人口が減っても、自分たちの土地が収奪されても、しっかり文化を守ってるよ?
少なくとも、他民族の胸三寸で文化遺産の存亡が決まってしまうような状況では、文化を守っているとはいえないと思うのだけれど...。
いや、元記事の人の意見をDISる意図もないし、また一方でアイヌ民族の文化維持のための活動を否定しているわけでもないのだけれど。
というかなー、自分でもよく判らん。
アイヌの遺産「金成マツノート」の翻訳打ち切りへ -タカマサのきまぐれ時評-
モジ資料として化石化するための方便=予算獲得と自己満足的なエセ・アカデミズムの手段として展開されている議論
とかバッサリと切り捨てている人もいるけど、俺が先に書いたGoogleで翻訳云々も(技術的にできないことが判ったことは別として)、結局文字にして保存できる形にしてしまえば、文化として活きていなくてもなんとなく安心、というレベルでしか考えてないという証左だろうし。
話題としては全然別だけど似たような話で、俺が作りたいと思っているシステムがあるんだけど。
うちの親父って、子供の頃からの自然の中での遊びに育まれた結果、とにかく自然や博物学に関する知識が豊富で、子供の頃動物や虫や植物を見ても、すぐ俺に「あれは何だ」と教えてくれたんだよね。
で、不肖の俺はそれを全く受け継がずに、街角の花や虫ですら知らないものがいっぱいで、子供に「あれ何?」と聞かれてもほとんど答えられない状況だったりして。
思い返してみれば、物を聞けば何でも答えてくれた父親というのは、子供から見てすごく夢を与えてくれたよなあ、とか思って、親父の博識を受け継がなかった不甲斐なさを悔やんだりして。
で、自分を含め、同じように子供の無邪気な質問に答えられない親達のために、今俺ができそうな事といえば、携帯電話のカメラを使って詳細を知りたい対象(動物や虫や花や)をWebサイトにアップし、人力検索はてな的なアプローチで誰かがそれに答え、答えると質問者にその結果が知らされると同時に、自動的にその分類に従ってWikipediaが引用されたり、写真の位置情報を元に同じ種類の動植物の存在報告マップが自動的に作られたり、そういうサイトが作ってみたいなあと考えてるんだけど。
でも、それもよく考えれば、親父のように自然と直接接して活きた自然の情報を得るといった文化は都会では既に失われているわけで、今そんなサイトを作ったからといってそれは復活するわけでもなく、結局自分達が体得していなくても文字資料化されていればなんとなく安心で思考停止&適当に必要な時だけ引ける状況を作っておけばいいじゃん、というレベルの逃げなのかなあと。
かといって、普通に生活していれば、やれアイヌ文化の復興のためになんか活動するとか、活きた自然を学ぶ環境を復活させるとか、そんなことにかまけている暇はないし、そうなると「文字資料で化石化」が駄目なら、支える者が少なくなった文化はそのまま退場してもらうしかないよねー、的な結論になってしまいそうで。
それもおかしいと思うし、だったらどうすればいいんだろうね。
よく判らん。
![[ここギコ!]](http://kokogiko.net/logo.png)



・「定義できない」とのたまうものを自説根拠の説明の中で延々と使う不誠実(笑)(むにゅう!)
・絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと(kokogiko)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)
・絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと(ひゅ〜)
・絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと(kokogiko)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(kokogiko)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)
・文化は変わっていくのは当たり前だからこそ、今問われているのはリアルタイムの選択(むにゅう!)