2007年10月09日
狂言奉納のお礼?として絵馬をもらったんだけど...趣旨がおかしくね?
先日書いた狂言の舞台ですが、1日目はいい舞台日和の中多くのお客様にお出でいただいて、2日目も足元が悪かった割には数十人近いお客様に観覧いただいて、無事終えることが出来ました。
このブログを見て来てくださった方もいて、誠にありがとうございました。
んで、神社から奉納のお礼として、神饌を分けていただいたのだけど、その中に絵馬が入っていて。
1日参加毎に1枚、家族にももらえたので我が家だけで井草八幡宮の絵馬が6枚ももらえたりしたんだけど...。
なんか、趣旨おかしいような気がするのは私だけ?
そもそも絵馬って、神社への祈願や祈願成就のお礼として、参詣者が神社に寄進する物であって、神社側から個人に下賜するもんじゃないような気が。
だいたい今は絵馬に「願い事」書いてつるしておく形が主になっているので、絵馬が単なる「願い事の受けつけ用紙」みたいな扱いになってるので、狂言を奉納したから無料で願い事聞く権利あげまっせ、みたいな感覚なのかもしれないけど。
でも絵馬本来の趣旨から言えば絵馬を「寄進すること」が主であって、「祈願」は従であるような気がするので、無料で絵馬を神社から個人に渡すと言うのにそこはかとない違和感が。
まあ、奉納した「狂言」自体に金銭米穀と同様の価値を見出してくださって、それを供物として対価の絵馬を下さった、ということなのかもしれないけど、それにしたって奉納したのは狂言なわけで、それを別の対価として絵馬に還元した後に願い事なり書いて再度神社に奉納、というのもなんかすごい不自然さを感じる。
というか、急に6枚も絵馬もらったって、急には願い事なんて思いつかんよ!
それに配られたのがもう撤収間際だったし(神社は早くから下さっていたので、こちらの分配の手際の問題なんだけど)。
結局家まで持って帰ってしまった。
超意味なし。
Excerpt: 先日gungiで会ったここギコの大塚さんとその息子さん出演の狂言を観に行ってきました。 場所は井草八幡宮で、西荻窪の北口正面の細い道をひたすらひ...
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Tracked: 2007年10月09日 21:19
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・「定義できない」とのたまうものを自説根拠の説明の中で延々と使う不誠実(笑)(むにゅう!)
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