2008年01月17日

適切な行動を取れば何らかの変化を生じるのは当たり前

Posted by nene2001 at 14:06 / Tag(Edit): self responsibility society / 1 Comments: Post / View / 0 TrackBack / Google Maps このエントリーを含むはてなブックマーク

先のエントリですが、何も個人がいかなる形でも社会を変えるのが不可能、とかそんな事は言ってない。

はてなブックマーク > ここギコ!: 「自己責任教」は社会科学的にトンデモじゃないのだろうか

ryokusai 選挙で投じる一票を考へてみたら個人の行動が社会に及ぼす効果と「水伝」の違ひがわかるのではないかと。一個人の行動など高が知れてゐると無視するのも一つの態度だが。

選挙で一票を投じる事をはじめ、適切な行動を取ればそれに応じて何らかの結果があるのは当然(とはいえ、選挙の場合は閾値のあることなので、結果的になんら影響を与えられないのが結果、という場合もありますが)。
「水伝」での喩えを続けるならば、「水によい言葉をささやく」のではなく、水を変性させるのに適切な物理操作、例えば手でビーカーを持って暖めるだけでも、それに応じて水の温度が多少なりとも上がる、というような変化が生じるのは当たり前のこと。
もっと激烈な変化を与えたいのならば、劫火の中にビーカーを叩き込んで蒸発させてもいいし、極寒の中で凍てつかせてもいい。

それと同様、自分の境遇を変えたいのであれば、あらゆる適切な行動、状況への異議申し立てもあるだろうし、今の状況に責任のある人間を洗い出して責任を追及することもあるだろうし、赤木智弘さんのように情報を提供して世間に訴えるというのもあるだろうし、あらゆる適切な行動を取ればいい。
そういった適切な行動に対しては、社会がその度合いに応じて徐々に状況を変えていくだろうし、その可能性を否定もしない。
そして、その「適切な行動」の中には、自分ではなく他者の過ちを指摘したり、責任を追及したりといった、どちらかというと「他者を対象としたネガティブな行動」も当然含まれるはずだ。
にもかかわらず、元記事のような論調は、他者に対してネガティブな感情を持つな、まず自分を正せ、自分を正せば自ずと自分を取り巻く境遇も変わってくる、というような話で、社会科学的に適切とも思えない行動をとっていれば周囲も変わる、みたいな言説なので、自然科学的に適切でない「よい言葉をささやく」ことで水が変わる、という「水伝」と似た構図だよね、と書いた。

できることならば物事をネガティブに考えない、できることならばいつも笑っている、というのは個人の心の持ちようとしてアリだと思うし、私もそうありたい。
でも、それは周囲との関係がどうだからというものではなくて、多分に自分自身の心のあり方、人としてのあり方、信念としての問題だと思う。
別の言い方をすれば、はてブコメントにもあった、

taitoku 「社会が変わる」と「自分の社会へのまなざしが変わる」とを混同する人が多いからじゃないかな

のような感じで、ポジティブであり笑い続けることで、社会が変わるのではなく自分の社会の接し方が変わり、社会にはあるのが当然の少々の不条理くらいではへこたれずに乗り越えられるようになる、程度に過ぎない。
それでは乗り越えられないような不条理だって世の中に普通に存在するし、そういうものに当事者として遭遇したり、遭遇した人の問題について論じたりする場合は、 他者の過ちを指摘したり、責任を追及したりといった「他者を対象としたネガティブな行動」も、合理的に選択することは許されるはずだ(もちろん、問題を解決するに妥当で合理的な範囲においてであり、自分が不幸だからと誰も彼もに当り散らすテロリズムを肯定するものではない。)。
にも関わらず、「自己責任教」というか「ポジティブ真理教」な人は、「まずポジティブで笑っていろ、ポジティブでいればあらゆる困難は乗り越えられるし周囲も変わってくる、ポジティブでいるためにはネガティブなものには近づくな、関わるな」というような言い方、あるいは酷い人になると「俺が成功したのは笑っていたから、成功しなかった連中は笑っていなかったから」等というような言い方で、実際には単にポジティブで乗り越えられる範囲の不条理にしか出会っていないだけの人が、本来はもっとも人の助けが必要なレベルで不条理に追い込まれている人を阻害している。
或いはその不条理に落ち込んでいる人本人を、不条理を乗り越えるために適切な行動へと動機付けさせるのではなく、今の自分の境遇は自分のポジティブさが足りなかったためだ等と見当違いの自己嫌悪の方向へ追い詰めている。

もちろん、繰り返しになってしまうが先にも書いたように、「ポジティブ真理教」も自分の心のあり方として信じている限りにおいては問題ない。
極端な話、民族浄化のような極限の不条理に対してさえ、「ガス室に送られる列車の中でさえ、おれは死ぬ瞬間まで笑っているよ」的な心の持ちようは、賞賛されることであれ責められることではない。
でも、それを直接「成功するには」だの「自分の境遇を変えるには」だのといった現世利益と結びつけ、「救われないのはお前の信心が足りないからだ」的な言説を展開したり、それを信じない者へのジハードを展開したりするからカルトになってしまうんじゃないか。

ところで、以上書いてきたように「ポジティブであれ」等ということに囚われず、ネガティブであろうがなんだろうが自分の状況に対し適切な行動を選択しそれを取れば、それに応じた結果が返ってくるわけだけど。
それならばそれで、今ワーキングプアだの不条理な立場におかれている人はどうしてそういう適切な行動を採らないの?それを採っていないのは、やっぱり各人の自己責任じゃないの?みたいな話にもなってくる。
これに関しては、そりゃ適切な行動を取れば結果は返ってくるだろうけど、その適切な行動自体を皆が皆採れるわけじゃないよね、というのが答え。
例えば「水伝」喩えを受けて自然科学の喩えを続けるなら、水を蒸発させるのが目的なら熱を加えればいいというのは判ってても、持ってる熱量がマッチ1本だったら、或いはそのマッチすらも持ってなかったら、蒸発させられない。
或いはマッチ自体はあっても、「火気厳禁」なんて条件が科されていたら、これもまた無理。
まして、「水を蒸発させるには、蒸発してと水にささやけばいいのじゃー、それで蒸発しないのはお前の信じる心が足りんからじゃー」みたいな事をいうカルトな人(その人の体温は100℃くらいあって息だけで蒸発させられるのかもしれませんが、普通の人は無理)がいて、足りない火力を何とか集めようとするのを邪魔してたりしたら?
そんなカルトな人の声が大きすぎて、「水を蒸発させるには熱を加えればいいんだよ」というような適切な情報知識さえ、水を蒸発させたい人のところに届いていないかもしれない。

実際のワーキングプア問題なんかでも、もうその段階まで追い込まれてしまった人は、個々のケースがあるけど、昼夜を問わず掛け持ちでバイトを入れざるを得なかったり、休みを取れば即日解雇なレベルで雇用が守られていなかったり、日々生きていくための仕事をしていくことだけで精一杯で、待遇改善のために連帯するとか、生活保護申請に出向くとか、そういうことすらできない人がたくさんいる。
選挙で一票を投ずるといった基本的な行動すら、住民票を不安定な生活基盤しかない都会に移せず、かといって投票しに田舎へ帰るお金も時間も無くて、投票できないという人も大勢いる。
ましてや「自己責任、自己責任」の声が大きすぎて、自分の採るべき適切な行動の情報が得られていない人が無数にいる。

なので、今必要なのは、一人一人の持つ熱量は小さくても集めれば水を蒸発させられるかもしれないので、それを集められる場を集められる者が作ったり、或いはもっと直接的にガスバーナーを貸す余裕があるものは貸してやったり、邪魔をするカルトな人の洗脳を解いていったりすることが必要なことであって、「てめえの熱量だけで何とかしろ、何とかできなければ自己責任」なんて言うことじゃないと思う。

----- 追記1/20 -----

別エントリ起こすほどの内容でもないので追記。

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tkmisawa 「適切な行動」が科学的(合理的?具体的?)かどうかってことなのかな。「ポジティブ真理教」の人にとっては「まず自分を正せ」が「適切な行動」なんだろうから・・・。もう一歩踏み出す必要がありそうだ。

> 「適切な行動」が科学的(合理的?具体的?)かどうかってことなのかな。
まさにその通りかなと思います。
「水伝」の人にとっても、「水にささやけ」は「適切な行動」なわけなので...。

「水伝」と「ポジティブ真理教」の違いは、「あらゆる場合に成立しない」と「一定の条件化では成立する」の差しかなくて、本来科学的に適切な行動を導くには必須であるはずの個々の状況分析を無視した上で、どんな状況でもある特定の行動を採っていれば状況は変わる、と言っている時点で科学的ではありません。
むしろ、「ポジティブ真理教」は、一定の条件化では成立するので、成功事例が観察される分、性質が悪いわけですが...。

別の喩えで言うならば、たとえば「架空請求詐欺」の例なんかどうでしょうか。
よく「架空請求詐欺」は「無視が鉄則」と言われ、実際多くの事例は無視しないと状況が悪化するわけですが、一部の裁判所の小額訴訟を悪用したケースでは、無視すると逆に状況が悪化します。
にも関わらず、「架空請求は無視が鉄則、無視しないで状況を悪化させれば自己責任」等と主張する「架空請求無視真理教」の人がいればどうでしょうか?
「ポジティブ真理教」の人には、同じ構造が見て取れると思います。

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Comments

>選挙で一票を投ずるといった基本的な行動すら、住民票を不安定な生活基盤しかない都会に移せず、かといって投票しに田舎へ帰るお金も時間も無くて、投票できないという人も大勢いる。

そういう人もいると思うが、不在者投票制度があるし、
それより、なにより、若い世代は際立って投票率が低いので、まず投票しましょう。影響力があれば政策も変わりますって。

Posted by: at 2008年01月20日 17:11
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