2008年11月03日
国連人権委、アイヌ・琉球文化の保護を日本に勧告
2008/11/24追記:
本記事での「大和民族」の用法について、はてなのid:munyuu氏より異議をいただいております。
こちらの記事で私の見解を示した上で、代替案の提示をmunyuu氏にお願いしておりますが、いまだ代案をいただけておりません。
もし彼に代わってどなたか代案をいただけるようでしたら、提示いただければ幸いです。
国連「琉球民族は先住民」/人権委認定 文化保護策を日本に勧告
国連のB規約(市民的および政治的権利)人権委員会は三十日、日本政府に対して「アイヌ民族および琉球民族を国内立法下において先住民と公的に認め、文化遺産や伝統生活様式の保護促進を講ずること」と勧告する審査報告書を発表した。
おおすげえ。
沖縄が別民族という認識が国際的に示されるのは新しいですね。
以前の記事でも書いたけど、民族っつってもいろんな切り口があるから、例えば言語学的に文法や単語、音便の類似性から沖縄弁は日本語の一傍流だよ、同系統の民族だよ、とか言えたりするのかも知れない(飽くまで例えば、なので、本当に言えるかは知らない)。
でも、歴史・文化・伝統的には、完全に別系統だよなあ。
ついこの間まで、別の神話の元で祭祀をし、別の系統の王統(それも万世一系とかではなく易姓革命しまくりの)を奉じていたわけなのだから。
もちろん、沖縄人が主体的選択で、「俺は日本神話に帰依(?)するし天皇制も奉ずるし、拠って立つアイデンティティは沖縄ではなく日本人だ」と言うのは、血統とか関係なく信仰だけで繋がるユダヤ民族という例もあるわけだし、自由だと思う。
でも、これだけ長い間別の道を歩んできた歴史と伝統がある以上、自分のアイデンティティは大和民族に回収されない、という選択肢も当然自由としてあるわけで、それに対して日本という国家がどう答えるか、だけだと思うけどなあ。
言うまでもなく、本来、別に「他民族」であるからといって「反国家」には全然繋がらないわけで、むしろ「他民族」であろうとするとどうしても「反国家」的になってしまう、エスニッククレンジングがリアルタイム進行中の日本のあり方の方が問われてるんだと思うんだけど。
大和民族の祭祀は政治と密接に繋がり、また歴史や文化、伝統は公教育の中で公に教えられる一方で、アイヌや沖縄の祭祀、文化、歴史は公には無視され、一部のローカルな努力でなんとか維持されている、その状況がおかしいというだけの事だと思うのだけれど。
やれ日本人としての誇りを取り戻すために、日本人の歴史、道徳、神話等をもっと教育の中で教えるべきだという議論があるけど、その議論に含まれるのが当たり前のように「大和民族」の歴史、道徳、神話だけで、沖縄やアイヌのそれについては一顧だにされない、という状況の異常さ、それに大和民族側が気がつけばいいだけの話だと思うんだけどね。
同委員会の対日審査は一九九八年以来、十年ぶりで、人種差別・マイノリティーの権利として「琉球民族」が明記されるのは初めて。 勧告では、「彼らの土地の権利を認めるべきだ。アイヌ民族・琉球民族の子どもたちが民族の言語、文化について習得できるよう十分な機会を与え、通常の教育課程の中にアイヌ、琉球・沖縄の文化に関する教育も導入すべきだ」と求めている。
土地の権利っつうのはどうなんだろ。
爆弾のような気もする。
またぞろ、脳内お花畑のバカウヨク共が「ブサヨの利権作りだ」だのなんだの騒いでるし。
他の国の先住民族政策って、どうなってるんだろ。
先住民族の個人に、遡って土地を返したりしてるの?
そもそもアイヌに土地所有の概念がなかった頃に奪ってるんだから、返すといってもまともに法律手続きで返す主体がないと思うんだけど。
もし土地に何らかの権利を認めるとしても、それは歴史や伝統的に何らかの意味がある地に、アイヌ民族総体としての優先権を認める、くらいでいいと思うんだけど。
例えば聖地である二風谷のダムにしたって、あれは大和民族で喩えるなら、伊勢神宮ぶっ潰して公共の福祉のためにダム作りますよーってなもんで、ことが大和民族なら内戦でも起こりかねないようなアレだったと思うんだけど、ああいう無理筋に対してNoといえるような回路さえ作っておけば十分じゃないかと個人的には思う。
他の勧告、言語、文化、歴史に関する教育機会の提供に関する提言は、異議なし、全くその通りだと思うな。
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しかし、それはそれとして、「先住民族」という言葉にもなんか違和感を感じてきた。
「先住民族」という語感だけでは、「国の主体民族が拡張した領域に住む民族」というイメージを持ってしまって、結局「国は主体民族のもの、先住民族は保護されるべきもの」というイメージができてしまうんじゃないかと。
でも、本来は「日本は大和民族の国で、アイヌ・沖縄は保護されるべきもの」ではなくて、「日本は大和・琉球・アイヌ民族の国」でないといけないわけです。
アイヌが東京に来れば、大和民族の方が先住民族なわけだし、かといってアイヌが東京に来るのが禁じられたり、或いは東京に来るなら大和民族として振舞えとか、そういうことがあってはいけないわけだし。
いやもちろん、現実として日本人の大部分が「日本は大和民族の国」としてしか認識していないわけで、その現実の元ではどうみても「先住民族」というカテゴリで考えるしかないわけだけど、もう一つ意識の飛躍ができないもんかなと。
Excerpt: 水村美苗「日本語が亡びるとき」は、すべての日本人がいま読むべき本だと思...
Weblog: ここギコ!
Tracked: 2008年11月10日 22:25
はじめまして。なかなか興味深いブログですね。
> 他の国の先住民族政策って、どうなってるんだろ。
> 先住民族の個人に、遡って土地を返したりしてるの?
個人へ返しているかどうかは分かりませんが、
オーストラリアの裁判所の判断としては、
アボリジニの土地の権利を認めた「マボ判決」というものがあるようですね。
イギリス連邦諸国は似たような法体系でしょうから、
英語圏の国々ではこの判例が影響を及ぼすのではないかと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%9C%E5%88%A4%E6%B1%BA
http://en.wikipedia.org/wiki/Mabo_v_Queensland
琉球民族だのアイヌ民族だの、本当に民族として存続してるの?
それを明らかにできないのなら、利権そのものですね。
Posted by: ほるほる at 2008年11月19日 02:09こんにちわ。
「民族っつってもいろんな切り口があるから、例えば言語学的に文法や単語、音便の類似性から沖縄弁は日本語の一傍流だよ、同系統の民族だよ、とか言えたりするのかも知れない(飽くまで例えば、なので、本当に言えるかは知らない)。
でも、歴史・文化・伝統的には、完全に別系統だよなあ。」
うえの点についてコメントします。
琉球列島の諸言語と日本語が、系統を おなじくする言語であるとは いえます。「系統を おなじくする」というのは、祖語が おなじという意味です。
ですが、祖語が おなじだから、どうなのかということは一概にいえないかと おもいます。サンスクリット語と英語は 祖語を おなじくする(インド・ヨーロッパ語族)。だから どうなのかというのと、おなじはなしです。
このへんの議論は、田中克彦(たなか・かつひこ)『ことばと国家』にくわしいです。
「ひとつのことばとはなにか」ということについて言語学は 決定的な結論を かたることはできません。それが独立した言語であるか、方言であるのかということに客観的な境界線があるわけではないからです。ことばの境界線は、政治的に ネツゾウされるものです。
ワインライヒという言語学者は、「言語とは、陸海軍を そなえた 方言のことだ」と いっています(出典は不明なのですが)。
くわしくは、ましこ・ひでのり『ことばの政治社会学』や安田敏朗(やすだ・としあき)『〈国語〉と〈方言〉のあいだ』などを ごらんください。
民族というのは、言語とおなじで客観的な境界線があるわけではなく、これもやはり政治的なものだと おもいます。スチュアート・ヘンリ『民族幻想論』が わかりやすいです。
さて、「琉球民族だのアイヌ民族だの、本当に民族として存続してるの?」という うえのコメントは くだらないですね。
こういうことがいえるのは、このひとが「民族フリーのヤマト人」だからです。
http://d.hatena.ne.jp/hituzinosanpo/20081027/1225115332
日本社会において「異質なもの」として あつかわれてきた文化集団が たくさん います。「異質」を 認識し、同化させようとした歴史、そして同化させながらも同等の権利を あたえようとしてこなかった歴史を わすれて、「存在するの?」というのは、あまりに身勝手な議論です。
Posted by: あべ・やすし at 2008年12月21日 17:08いろいろ資料を教えていただきありがとうございます。
読んでみようと思います。
「民族フリーのヤマト人」というのは面白いですね。
全てが空気のように据え置きされていて、難しいとこを考える必要がないこと自体が、特権的なんだと思えます。
ども、通りすがりの発言です。
縄文人=アイヌ&琉球
現在の本州人=渡来人と縄文人の混血
この説をご存知でしょうか?
これを調べると、「先住民」という表現がしっくり入ってくると思います。つまり、今の本州人は、韓国や中国の血が強い民族なのだ、ということ。もともと日本は、アイヌや琉球の人が住んでいた土地だということです。そういう意味で、「先住民」なのです。縄文人から弥生人に「進化」したと歴史で教える辺りを、個人的には書き換えて欲しいと思ってます。進化したからって、ホリが深くて毛が濃い顔が、うりざね顔にはなりません。明らかに別民族になっちゃってるのに、歴史で教えないのです。
ま、そんなこと言ってもしょうがないですが、文化は大切な資産なので、今後も保護していきたいと思います。
Posted by: TeraC at 2009年04月14日 06:26![[ここギコ!]](http://kokogiko.net/logo.png)





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