2008年10月26日
「ジオメディアサミット関西」が開催されます。
過去2回、東京で行われましたジオメディアサミットですが、この度11月8日に関西でも行うことになりました。
案内文を転載しますので、ぜひ関西のジオメディア界の方々のご参加をいただければ、ありがたいです。
開催日時:
11/8(土)10:00?12:00
会場:
大阪南港ATC ITM棟 6F マーレギャラリー(受付・展示会場)
参加費:
無料
参加申し込みはこちらからお願いします。
http://lab.cirius.co.jp/gms/
(講演、
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イベント『FOSS4G 2008 OSAKA』が
の日程で開催されます。その中で2008年11月7日(金)13:00?18:00
2008年11月8日(土)10:00?18:00
をジオメディアサミットに頂いております。ぜひFOSS4Gにもご参加ください。11/8(土)10:00?12:00
なお、『FOSS4G 2008 OSAKA』は『関西オープンソース2008』と同時開催です。
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懇親会は『関西オープンソース2008』の懇親会となります。
懇親会は実費です。
に懇親会参加フォームがあるのでこちらからお申し込みください。
注:この懇親会は11/7(金)です。ご注意ください。
イベント概要:
2008年3月『第一回ジオメディアサミット』(テーマ:
ポータルサイトのジオメディアへの取り組み、ゲスト:ヤフー、マイクロソフト、 オークニー)、2008年7月『第二回ジオメディアサミット』(テーマ: ジオメディアの未来について考える、ゲスト:ヤフー、グーグル、クウジット、 ロケーションビュー、後援:ヤフー)と、過去2回東京で開催され、 大いに盛り上がりを見せたジオメディアサミットがついに関西で開かれます。 関西でのテーマは『ジオメディアサミットの熱気を関西へ & ジオ異業種交流』です。
ジオメディアサミットの熱気を関西へ
東京でのジオメディアサミットへ参加できなかった関西の皆様にも
これまでの内容をシェアしてもらうべく、過去の発表と重複可という前提で、 多数のプレゼン
とライトニングトーク枠をご用意しています。
10分枠---6本予定 5分枠(ライトニングトーク)---10本予定ただいま講演希望を受け付けておりますので、
ご希望の方は申込フォームの備考欄にその旨ご記入ください。テーマは大雑把に「位置情報や地図」 に関することであれば何でもOKです。ただし、 FOSS4Gもトーク枠を用意しておられますので、オープンソースに関するテーマはFOSS4G宛にお申込みくださ い。
また、過去に講演・ライトニングトークをされた内容での再講演もお待ちしております。
ジオ異業種交流
また、今回の開催は11/7、8の2日間、
オープンソース関西と同時開催しているOSGeo(オープンソースGEO) 財団によるFOSS4Gカンファレンスの一部をお借りして行うことになりました。一言で地図や位置情報系といっても、 関西にも多いGIS業界、地図系のAPI等のプラットフォーム・プロバイダ、 位置ベースサービス業者、から個人のマッシュアッパーまで、 幅は広いのですがお互いにあまり交流がありません。
ジオメディアサミットは、もともと位置情報連動広告「アドローカル」のシリウステクノロジーズさんの呼びかけで、 地図好きの人たちが集まった飲み会をルーツにしており、 現在でもジオメディアサミットは懇親会も含めたイベントであり続けています。
FOSS4Gの時間枠を頂くというせっかくの機会ですので、大きな意味での「ジオ」業界の皆様の交流の機会になればと考えております。
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11/2 (日) に開催される『FOSS4G 2008 TOKYO』にも協賛させていただいています。ブースを出しており、
サイバーマップジャパン社によるライトニングトークも行う予定ですので、ご興味のあるかたは是非ご参加下さい。
参考リンク
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関西オープンソース2008
http://k-of.jp/2008/ -
FOSS4G 2008 OSAKA ?フリー&オープンソースGISの祭典?
http://www.osgeo.jp/foss4g2008-in-osaka/ -
FOSS4G 2008 TOKYO ?フリー&オープンソースGISの祭典?
http://www.osgeo.jp/foss4g2008-in-tokyo/ -
第一回ジオメディアサミット
http://lab.cirius.co.jp/blog/2008/03/2008-1.php
※告知ということもあり、いつものアイヌリンクは控えます。
2008年10月25日
政治と祭祀が不可分と考えるなら、全ての祭祀を引き受けるのが筋
なんでこんな話を、誰も見てないのに長々とやってるかというと、私自身が実際、ほぼ同じようなことをやってるからだったりする。
「ケータイ国盗り合戦」という全国を舞台にした、位置連動の戦国時代モチーフのゲーム企画をやってるんだけど。
これも、サービス範囲は今の日本全部であるにも関わらず、モチーフにしてる戦国時代は、せいぜい渡島半島から種子島くらいまでがモチーフでカバーできる範囲内で、その前提の元でどういう世界観を構築できるかという、先のエントリで書いた大和民族の祭祀範囲と日本の政治範囲間のような問題が存在する。
で。
企画としては私一人でやっているわけではないので、私も企画に関わったり外れたりするし、それどころか一社でやっているわけでもないので、外から見るといろいろブレているように見えると思うのだが、私個人のことだけをいうと昨年度バージョンを担当した時から全くブレてなくて、世界観を考える際の優先順位は、
- 全国で展開しているグローバルサービスであるという視点を最優先。
戦国モチーフだけでいくと渡島半島から種子島までしかカバーできず、その向こうはゲーム中の仕掛けやイベント等の対象として利用できないため、その地域のユーザに不満や疎外感を抱かせてしまう。
モチーフでカバーできないならば、モチーフ側を改変して独自の世界観に組み替えてでも、ゲーム内の世界観でサービス範囲全域を覆えるようにする。 - 次いで、戦国時代のモチーフを優先する。
戦国の名を冠している以上(あ、冠してないか...でも冠しているも同然だよね)、それを期待して入ってくるユーザを失望させないようにしたい。
もともと、戦国時代をモチーフにした企画が、独自モチーフの企画より意外な層の流入が期待できた、ということでモチーフを選んだ以上、そのモチーフを軽んずるのは当初の戦略からもブレるので、避けたい。
という順番にしている。
この前提の元で、昨年の企画ではアイヌや沖縄の歴史も調べ、ユーザがロールプレイできる戦国武将の選択肢としてアイヌの首長や琉球の王の名前も入れたし、また取得できる城郭にも、アイヌのチャシや琉球のグスクも入れた。
今年の企画の国分けでも、より歴史色を高めるため令制国に従っての国分けにしたり、歴史的称号を加えたりしたが、そこでも令制国的国分けのない沖縄では琉球時代の地方分けを導入したり(北海道はさすがに調べられず、明治以後の令制国分けがあるのでそっちを使ったが)、称号としてアイヌ語や琉球王朝での称号名を取り入れたりした。
今年の城企画あたりでは、ちょうど企画全体としてブレていた時期だったので、アイヌのチャシを入れられなかったりもしたが...。
先にも書いたように企画全体としては、ロスコミュニケーションでブレもあったりするので、今年の企画では「戦国武将が沖縄に攻めに行く」と受け取られかねないようなポスターも作っちゃったりして、沖縄の人や心ある人に企画として怒られちゃったりもしたのだけれど。
でも、こういう問題で、一番人を怒らせるのは問題に対する無関心であって、ちゃんと問題の所在も判っていて、考え抜いた上でこういう選択をしております、貴意には完全には沿いかねているかもしれませんが、ご了承くださいということがちゃんと説明できれば、ほとんどの人がそこまで怒らないと思うんだな。
日本人のマスに対して需要を喚起する戦国時代というモチーフがあり、そこを対象に商売しなければやっぱり食っていけないという現実があって、それは北海道や沖縄を疎外する、それどころか人によっては嫌悪感を与えるモチーフなわけだけれど、それに関してはきちんと考えに入れて、納得してもらえるかどうかは判らないが配慮しています、という説明をすれば、それでも納得しない人はほんのわずかだと思う。
それこそ、昨年度の設定なら、「日本人はまた沖縄を侵すのか」とか突っ込まれたら、「いや、そういう意図はありません、琉球王になりきって、江戸や京都を統治いただくこともできますので、是非お楽しみください」と返答することもできたわけです。
翻って、本題の現状日本のことだけど。
せいぜい10万人かそこらのサービスの中での世界観を切り盛りするのも「まつりごと」なら、1億数千万の国家を左右するのも「まつりごと」だ。
その中で、大部分のマスを占めているとはいえ一部分の、全体を網羅できないモチーフやフィクションが、残りの少数を疎外するのならば、全体の統治からはモチーフやフィクションを切り離さなければいけない。
それができず、モチーフやフィクションがリアルな統治とどうしても不可分であるというのであれば、最低限モチーフやフィクションに疎外される側も内包できるよう、モチーフやフィクションの方を改変すべきでしょう。
或いは、リアルな統治の方を、モチーフやフィクションの側に一致させるか。
たかだか吹けば飛ぶような1ケータイサービスでもできている(まあ、企画全体としてはブレもあるので常にできているとは言えないが、少なくとも取り組もうとしている者はいる)ことが、どうして重大事である1国家としてできないのか。
国家が政治と不可分に祭祀を取り込んでいることに対する合理的な説明として、マスに対しては、伝統や歴史と言ったフィクションを持ち出して帰納的に説明する一方で、それ以外の部分に対しては伝統や歴史を無視して「国に属するのだから」と演繹的にしか説明しない、その不合理性、欺瞞性、ダブルスタンダードにイラつくわけです。
国家が政治と不可分に祭祀も引き受ける、というのであれば、これまで祭祀を等しくしてこなかった人々の祭祀も、共に引き受けるべきではなかったか。
現在の合理的思考から行くと馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、例えば過去のある時期に、
- 沖縄のアマミキヨ神やアイヌのオキクルミ神、あるいは朝鮮の檀君神あたりを、神道の中に取り入れ(もちろんそれぞれの主神だけでなく、眷属、また信仰形態含め)、これからはあなた方の祖神含め天皇が祭祀を引き受けて国家安康を祈ります
- そしてそれぞれの人達は、これまで通りのやり方でこれまで通りの祖神や自然神信仰を継いでいけば、それ即ち国家への祈祷と等しくなります
というような形にできていれば、今のような不可視で陰湿な形での問題として残らずに、もっとソフトランディングできていたのではないだろうか(それが、今の進歩派人士の望むような形かどうかは別として)。
別に無理なことを書いているつもりはなくて、実際古代ローマ共和国なんかは、
日本とローマの多神教は本質的に違うところがある。日本の場合は、自然に神々の数が多くなった。しかしローマの場合は、他国を征服して、その敗者の宗教まで組み入れた。征服した民族の神までローマの神々に組み入れるというのは、その神々を信じている民族の存続を認めるということでもあります。
という形で、統治のために他民族の宗教まで自分達の宗教に組み込んで統治のフレームワークを組み替えた例はありますし、そもそも日本だって、御霊信仰や、将門やアラハバキ神のような反逆者信仰、或いはそもそも国津神まで、敗者に敬意を払い、祀って自分達のフレームワークに組み込もう、という発想はあったんじゃないかと思います。
戊辰戦争や西南戦争での逆賊は靖国に祀らないとか、わざわざ将門を神田明神から分祀したり、近代以降になって理由はよく判りませんが日本の精神が他者に対して非寛容に変容してしまった時期に、逆に本来は寛容性こそが大切な帝国的拡大時期が重なってしまったことが、その後の日本の様々な歪みを産んでしまったのだろうかと思います。
で、調べていくうちにこんなことがあった事を知りました。
朝鮮神宮には、天照大神と明治天皇を奉齋す。大正十四年十月竣成の半年前頃から、俄かに祭神に就いての論爭が湧き上がる。此の兩柱に加へ、「韓國歴代の建邦の神」を祭神にしない事は、「人倫の常道を無視せる不道徳」、即ち朝鮮の始祖・國魂神たる檀君も、宜しく併せて祀るべしてふ聲を擧げしは、朝鮮神宮初代宮司・高松四郎翁はじめ、今泉定助・葦津耕次郎・賀茂百樹・肥田景之等の神道人、是なり。斯くの如く神道人と政府關係者とは鋭く對立する事ありしが、結局、朝鮮總督府は、「檀君の事績を調査させるも、實在の神か否か明かならず、若し實在の神なら、時機を見て祀らむ」。「鮮人に、神及び神社の觀念を認め得ず。徐々に神祇の道を教へることが先なり」と云ふ理由から、檀君奉齋反對の決定を下せりと云ふ。
朝鮮神宮設立のことが耕次郎の耳にも聞こえてきた。最初は年来の宿願が実現されることを喜んでいたが、天照大神(あまてらすおおかみ)と明治天皇が祀られるという。「それはよくない」と耕次郎は斎藤に面会を求め、「朝鮮神宮を設立するなら、まず第一に朝鮮人の祖神を祀るべきだ」と主張した。
「総督は恥を知る人なのか。政治とは何かを知る人なのか。学者というのは、耳目にふれるもの以上のことを考えられない馬鹿者である。学者の言葉に従って、どうして生きた政治ができるのか。数千万の朝鮮人が存在する以上、祖先が存在するのは動かせない事実だ。その祖神を大国魂(おおくにたま)として祀ればいいのだ。朝鮮政治の根本義として、ただちに祀るべきである」
まさにその通りで、判っている人もいたのだなあと思います。
願わくば、沖縄やアイヌに対しても、そのような発想があればよかったと思うのですが。
もちろん、言うまでもこのようになっていたからと言って、それを押し付けられる側が喜んで恭しく受け取るだろうと言っているわけではないですが、しかし少なくとも、このようにしていれば、自分達サイドの方は一貫した論理として完結する。
今の現状は、自分達のサイドですら一貫していない論理を、有無を言わさず強圧的に空気で押し潰そうとしているところにあると思っています。
神輿に乗らなければ仲間と認めないと言うのならば、せめて神輿に乗るべき大義を準備しろと。
そうでないのならば神輿を下ろせと。
そう思います。
1エントリ・1アイヌリンク:
ainu-アイヌ文化の紹介4
今度はムックリのテンポのよい独奏。
2008年10月20日
Xpathでページの好きなところにリンクするGreasemonkeyスクリプト
なんか情報まとめ記事とか作るときに、他の人のページの特定の場所に「ここ見て!」とリンクを張りたい時とかありますけど、相手がそこにアンカー置いていてくれなかったらリンクが貼れません。
(多分、今でも、貼れないままだと思います...しばらくPCのWebから遠ざかってたので、もうとっくに貼れるようになってたらスンマセン、激しくスルーしてください...)
でも貼りたいなと思ってたんですが、そういう際に、相手先の任意の場所をXPathの形式で示したリンクが作れるGreasemonkeyスクリプト作ってみました。
つってもそんなリンク作れるわけないので、正確にはリンク元で何チャラするのではなく、リンク先でGreasemonkeyがXPath解釈して、その場所にウィンドウを合わせます。
リンクの形式としては、
<a href="http://example.com/hoge#(![xpath記述]!)">xpathリンク</a>
みたいな形に今のところしています。
つまり、# の後に (! と !) で囲んで、XPath記述を書くと、このGreasemonkeyを入れた環境では示されたXPathの場所に飛びますし、入ってない環境でも存在しないフラグメントなのでページトップに飛ぶだけで、実害はないと思います。
例えば、このリンク
<a href="http://d.hatena.ne.jp/amachang/20071112/1194856493#(!//h5[3]!)">このリンク</a>
の書き方で、amachangのJavaScript-XPathのXPathチートシートのところにリンクされます。
とりあえずこんなのが欲しい、と言う感じで作ってはみましたが、JavaScriptに関しては素人に毛すら生えていないような者なので、おかしなところあれば教えてください。
特に、XPathのエンジンは、上のリンク記事でamachangが公開しているJavaScript-XPathを使っているのですが、UserScriptからの呼び出し方がよく判らなかったので今のところ全部コピーでベタ書きしてます。
うまくリンクする方法があれば教えてください。
早急にCodeReposにも挙げるようにします。
1エントリ・1アイヌリンク:
ainu-アイヌ文化の紹介3
2008年10月19日
自然工作:松ぼっくりでハリセンボン
子供の頃、夏休みになると親父にいろいろ教えてもらって、自由研究や工作をしたもんでした。
うちの子も小学生になって、今度はヒントを出す側になるのが、楽しみでもあり一方で重荷でもあります。
今年の夏休みは、我が家では公園で拾った松ぼっくりの性質で盛り上がりました。
松ぼっくりは、中の種を晴れた日の風に乗せて遠くに飛ばすため、乾燥すると鱗状の部分が開き、湿ると閉じる性質があります。
この性質は木から外れた後もずっと維持されるので、乾いて開いた松ぼっくりを水にジャポンとつけて1時間ほど置いておくと、きれいに縮みます。
せっかく盛り上がったので、この性質を使って何か工作できないかな?という話になりました。
最初は、もう鳥の工作を作りかけていたので、芯の伸縮する部分だけ取り出して鳥が羽ばたくようにでもする?と話していたのですが、私も忙しく松ぼっくりを分解してとかの作業に付き合う余裕がありませんでした。
なので、松ぼっくりをその形のまま使える工作はないかな?と相談して、トゲトゲだし膨らんだり縮んだりするし、ハリセンボンでも作ろうか、という話になりました。
できた感じはこちら。
上のは乾いているので全部広がっていますが、コップの水にドポンとつけて1時間くらい置くと、下のように縮みます。
ちなみに、リアルハリセンボンの縮んだ感じ、膨らんだ感じはこうですね。
間違えた。こちらです。(予想通りのオチですんません)。
膨らんだところも縮んだところも、割とちゃんと、ハリセンボンに見えると思うのですが...。
松ぼっくり以外の材料は、以下のような感じです。
- 白、黒、灰、黄、緑等の、ハリセンボンの色合いに合ったアクリル絵の具
- 縫いぐるみ等用の目玉(東急ハンズ等で10個100から200円くらいで売ってます)
- 鰭の材料になるための何か
うちでは、縮むまでに必要な湿気の正確な度合いを掴んでなかったので、鰭に蛇腹状のボール紙を選んでしまい、お陰で縮ませる度に鰭が劣化してしまうことになってしまいました。
コップにボチャンと浸すくらいでなければ、ほとんど縮まなかったので...。
他にレースとか、鳥の羽とかいったものを鰭に検討していたのですが、そういった紙よりは耐水性のよい物にした方がよさそうです。
夏休みの工作に悩んだ方がおられましたら、どうぞ。
#うちの息子は、学校に持って行きはしたものの、水につけると縮む、という肝心の秘密をアピールし忘れたそうです^^;
1エントリ・1アイヌリンク:
ainu-アイヌ文化の紹介2
トンコリとムックリの合奏です。
2008年10月18日
コンテキストを検知できないモバイルWebなどあり得ない
と個人的には思う。
モバイルWebがコンテキストを検知できるようになるまで、せっかくモバイル、すなわち常に身に着けて操作者のコンテキストをデバイスが知ることができる状態にあるにもかかわらず、実際にはコンテキストを人間がテキストに変換して、その上で検索をかけてやらなければ、コンテキストにあった情報を得ることはできなかった。
そして、そのコンテキストをテキストに変換する段階で、多くの情報が欠落していった。
例を挙げると、これまで7年間何度使った例か判らないが、身近なラーメン屋を探す場合。
京都市左京区の地図だが、真ん中の人マークが今いるところだとする。
そしてちょっと北西にあるレストランマークが、京都時代私の好きだったラーメン屋、天宝だ。
だが、この地図の真ん中の人は、天宝を知らず、またここがどこかも判らないままで、7年前のモバイルWeb環境で近くでおいしそうなラーメン屋を探そうとするとしよう。
今、この人がいるところは、一乗寺高槻町だ。
だから、この人は町名看板なりで住所情報を得た後、「一乗寺高槻町 ラーメン屋」で、Google検索をかけてみるだろう。
果たして道一本隔てただけの、うまいラーメン屋「天宝」は引っかかるだろうか?
残念ながらひっかからない。
なぜなら、こんなに近くても、天宝は「高野玉岡町」 で、違う住所だからだ。
住所テキストという代替情報に変換することなく、紛れもないその「位置」というコンテキストをデバイスが検知し、それをWeb上での検索条件にしてくれれば、よほど最適な情報が、広大なWebの海から取り出せるのに。
モバイルWebがコンテキストを検知できるようになる7年前まで、モバイルでの検索はこんな感じ、まさに石器時代だった。
2001年10月、転機が訪れた。
auのケータイにGPSがつき、「位置」コンテキストをモバイルデバイスが検知できるようになった。
それだけではなく、検知した情報をシームレスにWebに流すことができるようになっていたため、広大なWeb上の情報を、情報の欠落したテキストに変換する必要なく、コンテキストベースで検索できるプラットフォームになっていた。
もちろん、デバイスが検知できるだけではまだ「天宝」が検索できるようにはならず、Web側がそれを解釈できる基盤を備えなければならないが、しかしデバイスがなければそもそもそのような基盤を揃えようという動きさえ起こらない。
これは石器時代から青銅器時代にも等しい革命だと感じ、私は位置情報業界に飛び込んだ。
その後、某最大手D社のアホ部長が「ユーザは位置情報など望んでいない」と、GPSどころか基地局レベルの簡易位置情報機能すら頑なにガン無視してきたため、若干盛り上がらないところがあったものの、そのD社も今はほぼ全端末に簡易の位置情報機能を搭載し、もちろんどの社の仕様もWebでの利用はシームレスであり、つまりほぼ100%に近いモバイル端末で、位置コンテキストを直接Webで解釈できる基盤が整った。
そして、解釈する側のWeb基盤の方も、いまや情報検索サイトはモバイル端末から位置情報コンテキストを読み込んで、直接検索クエリにできるのが当たり前になっているし、風俗や出会い等のアングラ情報サイトですら、簡易位置情報やGPSで情報検索、というのが広まりつつある。
そしてモバイル端末は、QRコードリーダやFelicaを通じて、位置情報コンテキストだけではないさらに新たなコンテキストアウェアなデバイスに進化しつつある。
もちろん、ここでもキーワードは、Webとのシームレスな連携だ。
が、そこに新しい波がやってきた。
海の向こうから、非常にスタイリッシュで優れたモバイル端末がやってきた。
それは斬新で、全く新しい価値観を提供していた。
私も実に欲しくてたまらない。
それを手にするために、無意味な回線2重持ちでランニングコスト2倍、なんてことがなければ、私も多分買っていたと思う。
それほど魅力的で、PC向けWebを動きながら見ることにかけては、確かにこれに勝るモバイル端末などほとんどないだろう。
そう。
「PC向けWeb」を見ることにかけては。
PC向けWebを綺麗に見られることの代償に、その端末には、これまで閉ざされた離れ小島で進化してきたモバイル端末が身に着けていた、様々な能力が失われていた。
デバイス自体は、位置コンテキストを検知することはできるのだが、どう考えたらそんな仕様になるのかよく判らないのだけど、その情報を何故かWeb空間に引っ張ってこれない。
Webの広大な空間でせっかく得た位置コンテキストを使いたくても、わざわざローカルアプリケーションと言う小さな窓を通さないといけない。
今、離れ小島のモバイルWeb空間での、清濁併せ呑んだ、豊穣な位置情報アウェアなWebサイト群と同じものが、アプリケーションで実現できるだろうか?
風俗店や出会い系(それがいいかどうかは別として)が、GPS店舗検索アプリを作ってAppStoreで売るだろうか?
ましてやQRコードやFelicaといったその他のコンテキストは、Web連携以前にデバイス自体が検知できない状態だ。
そんな新しい端末を持ち上げて、これぞ真打のモバイルWeb端末と皆がいう。
冗談じゃない、これまで7年の歴史がありそして日々進化してきたコンテキストアウェアなWebの機能を持たないような状況で、モバイルWebを名乗るんじゃない。
「PC向けWeb」をモバイルで見るための最適なデバイス、つまり用途の違う共存可能な端末としてなら、全く理解できる。
だが、それを「モバイルWeb」というなら話は別だ、7年かけてきたコンテキストアウェアなモバイルWebの流れをぶった切って、いかに見た目は美麗であっても、本質的には石器時代並みのエクスペリエンスに引き戻す、それこそが唯一絶対の正義と言い募るのであれば、全く相容れることはできない。
解はあると思う。
PC向けWebをモバイルで見るのに最適な端末、と、コンテキストアウェアなモバイルWeb端末、という全く異なるデバイスとして進化していって、かつ相互が排他的にならないよう、回線を共有できるような形に進化するのもいい。
或いは、これまでの端末は新端末のよいところ、美麗なWebインタフェースや画期的なUI、オープンなプラットフォーム等のよい面を取り入れ、新端末はこれまでの端末のよいところ、コンテキストアウェアなWeb特性やキャリアバックボーンシステムとの綿密な連携を取り入れ、止揚したモバイルWeb、モバイル端末に進化していく、という解もあり得る。
だが、そのためには、双方の業界やユーザが、互いの特性を理解し、尊重しあうことが必要だ。
が、今、相対的に見て、どちらが相手を軽視しているかと言うと...はっきり言って、新しい端末の業界やユーザの方だと思う。
今後、ガラパゴスはどういう方向に進化していけばよいか。
もちろん、新しい端末のDNAを吸収していくことは大切だ。
その一方で、新たな強みを出すと言う意味では、新しい端末が重視していないコンテキストアウェアなWebという特性をさらに強化して、一段と多くのコンテキストがWebと連携できる方向に持っていけばよいのではないだろうか。
と同時に、これまでに検知できる様々なコンテキストも、まとめてオープンな標準化していく(もちろん、既に標準があるならそれに乗る)必要があると思う。
これまでモバイルWebはコンテキストアウェアだったといっても、例えば位置情報は、その取得方式や仕様は各社各様で、利用しようと思えばそれぞれ覚えなければならなかった。
その状況では、新しい端末がもし追随して位置情報アウェアになった場合、向こうは世界を相手にしている分、そちらが主流になるだろうし手柄もそちらに取られてしまうだろう。
この国では7年も前からモバイルWebのあるべき姿を模索してきているにもかかわらず、それではあまりに悲しすぎる。
その前に取得方式を標準化し、長らくコンテキストアウェアなWebを追求してきたこの国で、新しい端末以外の仕様が統一されている、という話になれば、コンテキストアウェアという意味では新参者の新しい端末の方もそれを無視するわけにはいかなくなると思うし、ましてそれがオープンな仕様であれば、載って来ざるを得ないだろう。
そういう方向に進んでくれればよいなと、切に思う。
1エントリ・1アイヌリンク:
ainu-アイヌ文化の紹介1
YouTubeで公開されていたアイヌ文化の紹介映像。
数回あるようだが、最初はトンコリの紹介か。
右翼はアイヌや沖縄を包摂する論理を構築すべきではないのか
なんか馬鹿な前提の元に馬鹿な思考を書き連ねてるなあとは思うけど、世の中馬鹿な前提を当然のごとく再前提において物を言う人も多いので、それに付き合ってもうちょっと考えてみたいと思います。
前のエントリでこんなこと書いたけど、
個人的な印象なんだけど、この社会に蔓延するこの手の問題への無関心・無神経って、社会議論の両翼のうちの右の方が、アイヌとか沖縄の問題を思想の上で理論的に組み入れようとせずガン無視決め込んできたあたりに問題があるんじゃないの?という気がする。
いや、別に右翼思想がアイヌや沖縄を思想上に組み込んで一視同仁の論理を組み上げれば、アイヌや沖縄の人が喜ぶとか、そういう意図で書いたわけではないのだけれど、ただ同じ家に入れ、同じ家の者として振舞えと主張する側が、同じ家に入るべき明確な論理を全く示さないのは、誠意に欠ける態度だなと思うわけです。
結果、左の側だけが取り上げるので、やれアイヌだの沖縄だのいうと左の側が政治的に利用してるとかのステレオタイプがあるけど、実態は全く逆で、右の方が本来考えないといけないことをうっちゃってきたからこそ、今日の状況があるんじゃないかと思うのです。
例えば、天皇制について考える時、やれ万世一系だとか、日本人は易姓革命思想を選ばなかったとか、天皇は日本の祭祀を司ってきたとか、日本の精神の中心だとか、色々理屈が出てくるわけです。
でも、仮に、もし仮に、その前提を公理として全部受け入れたとしても、それらは全部、「大和民族」の理屈であって、「日本国」の理屈ではありません。
アイヌにしろ沖縄にしろ、ついこの間まで別の祭祀空間に生き、沖縄なんか万世一系どころか易姓革命起こしまくっている訳ですが、それがなんで大和民族の都合を国の公理として受け入れなければいけないのか、そのことに関する明確な説明を寡聞にして聞いたことがありません。
天皇制に限らず様々な問題について、「大和民族」に対しては「歴史だ」「伝統だ」で説明しようとする彼らが、アイヌや沖縄に対しては、「歴史」や「伝統」を踏まえずに、「日本国民なのだから」「反日だ」「アカだ」以上の説明を聞いたことがありません。
#天皇制を取り上げたのは、矛盾の構図が判りやすいからで、ことさら「天皇制打倒」とかそういう意図ではありません。念のため。
繰り返しますが、右翼の論者は「大和民族」の「歴史」と「伝統」をふりかざして、制度や慣習に従うべき理由を言い募りますが、一方で、居住してきた北海道や沖縄が神話上での大八嶋に含まれるわけでもなく、長らく祭祀・信仰の空間も別にし、異なる天を仰いできたアイヌや沖縄が、無条件に自分たちの「歴史」と「伝統」を捨てて大和民族の「歴史」と「伝統」にあわせなければならないのか、そのことに関する明確な説明を聞いたことがありません。
沖縄に関して言えば「日琉同祖論」あたりに多少なりとも努力の一端があるのかな、と思ってちょっと調べてみましたが、それによると源為朝が沖縄に流れ着いて舜天王統の祖・舜天になったという言い伝えが、日琉同祖論の根拠ということのようなのですが。
別に舜天王統は沖縄の最初の王統ではない(そのまえに天孫氏王統がある。天孫氏王統は伝説だ、というなら舜天王統も伝説の域を出ない。)から沖縄の人々の祖というわけではない。
またそれでもその後、舜天王統が万世一系で近代まで続いてきたというのであれば、日琉同祖に結びつくのも判らないではないが、実際には舜天王統はたったの3代で英祖王統に禅譲し、易姓革命が起きている。
さらに言えば、源為朝は確かに天皇の子孫ではあるが、既に臣籍降下した身。
貴族とはいえたかだか「大和の一臣民」が、過去に一度沖縄で「短命王朝を樹立」したという「伝説」がある、それだけの根拠では、近代になって突如、大和民族と同じ「万世一系の王統」を奉じなければならない説明にはならないと思うのです。
#考え得るツッコミとして、沖縄人だって大和民族だ、というのが来そうですが、そりゃ民族の定義にもよるものであって、よく判らないけど仮に、例えば言語学的にみれば沖縄の言葉は一方言に過ぎない、だから沖縄も大和民族だ、的な議論もあるのかもしれない(何度も書くけど、仮に、ですよ)。
でも、ここで問題になるのはそういう次元の「民族」でなく、政治と祭祀の話であるので、たとえ「何チャラ学問」では同じ民族の範疇に入るという結果であっても、政治・祭祀の面では、いわゆる「狭義の大和民族」では、政治と祭祀の連続性が保たれ、それが今日まで制度が残る最大の根拠になっているのだろうけど、沖縄ではずっと政治と祭祀は常に連続せず寸断されてきたのであって、「狭義の大和民族」が後生大事にする政治と祭祀の連続性の枠組みに加わる必然性は全くないわけです。
ドイツとオーストリアも同じドイツ民族だと言われますが2つの国になってるように、別に何らかの定義で同一民族だからと言って、同じ天を仰がなければいけない必然性はないわけです。
右翼の人達が、「大和民族は宿痾として、政治と祭祀を完全に分断することはできないのだ」といった趣旨の主張を展開するのならば、残念ながら今の日本は大和民族だけの国家ではありませんし、数百年同じ祭祀を共有してきた地域だけで構成される国家でもありません。
にも関わらず、政治の場に祭祀を交えるのが妥当と考えるのであれば、なぜ大和民族以外も同じ祭祀を共有しなければいけないのか、その論理的な説明がなければいけないと思うのです。
あるいは、政治と祭祀が融合している地域と、そうでない地域をきっちり分けるとか、解はいくつもあると思いますが、そういう矛盾に答えを出すことに対して、右翼は逃げているんじゃないかと言う感じがします。
例えば、先にも書いたように解はいくつでも考えられると思いますが、もし私が右翼なら、こんな主張も論理的にはありじゃないかと思います。
- 今の日本の領域を、北海道共和国、日本皇国、沖縄共和国の3国に分けた連邦国家とし、外交・軍事は連邦が受け持つ
- 日本神話に記された大八嶋の領域、本州以南薩南諸島以北に関しては、大和民族の祭祀と政治の融合を可とする。
日本皇国閣僚の公的神社参拝も自由だし、神道祭祀行事への行政参加等も自由である。
他民族の居住や他宗教の信仰の自由は全く否定されないが、政教分離されていないことに対する異議申し立ては不可とする。 - 北海道共和国、沖縄共和国に関しては、大和民族の祭祀を優先させる論理的根拠はないと考え、政治と祭祀の分離を徹底する。
もし政教分離に反する疑いが生じた場合は、日本皇国と国家的に分離した意義徹底の必要上、厳し目の方向で処断する。
...まあ無茶苦茶だと自分でも思いますが、筋は一応通ってるんじゃないかと。
こういう、大和民族以外に生じる問題に論理的説明を与える責任をガン無視して、日本国=大和民族みたいな主張しか右翼がしないので、アイヌ・沖縄問題というと左翼が取り上げる、大和民族とアイヌ・沖縄の間はうまくいっているのに、ことさらにつまらん事を騒ぎ立てて政治利用しようとする動き、として一般に理解されてしまうんじゃないかなと思います。
大和民族が「歴史だから」「伝統だから」という理由で社会機構に組み込んでくる大和民族の祭祀は、明らかにアイヌや沖縄の「歴史」「伝統」「祭祀」と相反するのに、そのことに対しては全く無関心で、「空気嫁」の無言の圧力で同化を強制してくる。
で、なまじ「物理的暴力装置」は使ってないだけに、それに対して反抗や異議申し立ての動きがあると、「反国家」「過激分子」のレッテルを貼って、申し立てた側に非があるような扱いにする。
これならまだ物理的衝突がある方がまだマシで、非暴力ではあるけれどそれ以上に重い圧力で、無関心による民族文化抹殺を図ってくる。
それなんて山形マットリンチ殺人?
すばらしいエスニッククレンジング手法だなと思います。
まあ、今回は政治と祭祀の融合を中心に話してきたけど、教育とかだってそうで、小林よしのりとか、日本神話は面白く、また自分達の祖先がどのように世界を見ていたか、ということが学べるから、歴史は神話から教えるように戻すべきだ、みたいな話をしていたけど、それなら「大和民族学校」みたいなところで教えるならともかく、「日本国家」の教育として教えるなら、天照大神と並んでアマミキヨやオキクルミカムイのことだって教えないとおかしいんだな。
そもそも神話とか以前に、今の日本の歴史教育では、阿麻和利もノッカマップの悲劇も教えていないわけですけども。
別に天皇制がどうとか、靖国参拝とか憲法9条とかある意味どうでもいいんですが、やれ「自虐史観で日本人の精神は退廃していった」「神話・歴史・道徳教育などで、正しい日本国民としてのあり方を」みたいな論議が巻き起こる割には、その自分たちが日々の無関心で押し潰そうとしている他民族の神話・歴史・道徳については、無関心の無頓着状態で、そういうのにイライラくるんですよね。
せめて、「正しい日本国民」とか言わず、「正しい大和民族」とか言えないのかと。
1エントリ・1アイヌリンク
以前読んだアイヌ語地名の本の書き出しによると、高校生に「北海道の地名は大半がアイヌ語起源だ」と話しても、「そんなわけねーじゃん、だって漢字で書いてあるべ?」みたいな認識の子もいるらしい。
世界金融不安の解決に、日本が国債借金問題で使う「政治操作」とやらは使えないのだろうか
全然金融に関する知識なくて(まあ、この記事に書かれているくらいの認識はあるんですが)、誰かに教えて欲しいがためのエントリーです。
よく出てくる疑問に、「お金はどこに消えたの?」とかいうのがあって、それに対する答えは「売り抜けた誰かが持っている」というものだったりする(正しいかどうかは知らない。ただ、何度かこのやり取りを目にした)。
また、金融にあまり知識なさすぎるのもアレだよね、ということで買った最近の「週刊ダイヤモンド」でも、記事を読むと「リスク管理できた会社」「できなかった会社」いろいろ載ってたけど、結局リスク管理できた会社ってのは「損失を他社に転嫁できた会社」で、管理できなかった会社というのは「損失を転嫁できなかった、或いは転嫁された会社」ということで、やっぱり金は増えたり消えたりするわけじゃなくて、損をしたところから得をしたところに移っているだけなのだな、と認識した。
ということは、この状況でも、勝ち抜けて儲けた会社や個人はいると思うのだけれど。
そういう人を特定して、金融不安解決のために資金を供出させる、ということはできないのだろうか?
みたいなことを書くと、サヨクの私有財産制度を無視した暴論、だなんだと騒がれること必至だと思うんだが、そうじゃなくて、私がそう言いたいわけじゃなくて、別の問題との違いが判らない のだ。
よく、日本の国債問題で、日本の赤字が天文学的に膨らんでも、日本国内での借金なので、最終的には政治操作で何とかなるのだから日本の財政は問題ない、というふうな話を聞くんだけど。
今回の金融危機だって、別に米露中が宇宙空間に資金を持っていった、ってわけじゃないだろうし、お金は地球と言う系の中に留まっているんだから、同じ政治操作とやらが使えるんじゃないのかなあ、と思っての話。
今回政治操作ができない理由が、私有財産権を侵害するから、といった理由であるならば、日本国内の国債借金問題にだってその手は使えないだろうし、世界には政治操作を行う単一主体が存在しないから、というのが理由であるならば、今回を機にそういうのを作る方向に向かえばいいんじゃないのだろうか。
或いは逆に、政治操作できないという相当な理由があるならば、それは系を縮めれば日本国内だって同じで、政治操作で財政健全化なんてのは実際にはできない話で、やっぱり日本の財政は不健全なんじゃないのだろうか。
みたいなことを思うんだけど、どうなんだろうか。
誰か教えてください。
おまけ1:日本の国債って借金を返すために借金してる状況で、借金の引き受け手がいなくなればヤバイと思うんだけど、「日本の国債借金は国内に留まってるから、政治操作で健全」みたいな言説が広まってしまうと、国内の引き受け手がいなくなってしまわないのだろうか。そしたら、国外の引き受け手を探すしかなくなり(或いはさっそくその政治操作とやらに乗り出す?)、結局海外に債券が流れ出すんじゃないかなとか思うんだけど。
おまけ2:世界金融不安で日本の傷口が浅くて、日本の活躍に世界が期待、みたいな話があるけど、それって、今東京に大震災でも来れば世界オワタってことなんだろうか。
1エントリ1アイヌリンク:
2008年10月17日
裁判所の判断も待たず既成事実作ってOK!なら、庶民はどうすればいいのだろう
保育園代執行で大阪府が本当に鬼畜な理由 -BattleRock Blog-
一連の記事の中で、一番問題点が腑に落ちた。
行政訴訟では処分の取消訴訟を提起しても、原則としてその後の手続は停止しない。
「執行停止の申し立て」というのは、手続が進行による重大な損害を避けるための緊急の必要がある場合にのみ認められる仮の救済手段である。
保育園がこの決定を得ることができれば、大阪府は手続を先にすすめられない。
大阪府はこの決定を待たずに代執行することで既成事実を作って、訴訟の間も先の手続を止められないようにしたのだ。
手続さえ止まらなければ、大阪府は訴訟の間にすっかり道路を作ってしまうことができる。
道路さえできれば、裁判所も安易に大阪府を負けさせられないと考えているのだ。
乱暴なのを承知で、当事者間の関係を喩えてしまえば、
遺産相続で分割割合で揉めているから、とりあえず遺産凍結するための手続きをしていたら、手続きが完了する直前に当事者の一人が「今ツッコまねえと大損なんだよ!」とか言って、勝手に遺産を相場に突っ込んじゃった
みたいな感じなんですかね。
なんか「係争地で芋作るな」みたいな批判が一連記事のはてブコメントなんかであるみたいだけど。
でも、とりあえず裁判所に申し立ててその判断を待っており、その判断期日も判っている、そういう状態ならば、判断が出るまでの間は状況が保全されると判断して、その間を芋植えたり有効活用しようとするのは当たり前の発想だと思うんだけど、違うのかね。
裁判所の判断期日以降に芋掘りの予定を入れていれば、そりゃ責められても仕方ない面はあると思うけどね、そうじゃないんでしょ?
「執行停止の申し立て」という制度が存在する以上、その目的は行政の暴走を防ぐための異議申し立て手段として用意されていると思うのだけれど、それを行政が待つ義務がなく、判断より前にやっちゃえば既成事実になってOK!というのならば、庶民はどうやって行政の暴走と争えばいいんでしょ?
既成事実だやっちゃえOKって、それ何て韓国の竹島占拠?
もっと重要なのはこの部分だと思うんだけど、
第2京阪道路は、京都市伏見区と門真市を結ぶ28.3キロの自動車専用道路で、国道1号の渋滞を緩和させる役割が期待されている。浪速国道事務所によると、事業用地は保育所の畑を除き、まだ7件、約3千平方メートルが未買収だ。
まだ7件未買収なら、2週間遅らせてもまったく開通時期に影響しないだろ。それとも2週間以内に残りの7件も代執行するとでもいうのだろうか。
これ、残りの件も近日中に代執行しないと、話としてはおかしいですね。
供用の工期が間に合わないから代執行したというのであれば、他の件もすぐに代執行しないといけないはずで、それをせずにこの1件だけ代執行したというのであれば、その理由は「工期が間に合わない」からではなく、「裁判所の判断まで待つとやばいから(万が一にでも行政に不利な結論が出れば、話がややこしくなるから)既成事実を作っちゃえ!」以外にあり得ないと思うんだけど。
まあ、各工事区間によって工事期間が同じとは限らないので、厳密には工事が終わるまで検証は出来ないと思うけど、でも他の7件よりこの保育園の工事区画が先に代執行されても遅く完成しなければ、辻褄は合わないですよね。
気長に見守ろうかなと思います。
「いや、裁判所が判断をくだすまでの2週間が待てなかったのではなく、判断で行政に不利な結果が出てしまった場合に、遅れが生じることの不利益を考慮しての行動だ」という反論もあるかもしれないけど、それだと裁判所がどういう判断をくだそうが、結論は最初から決めているのだという態度に他ならず、すごい裁判所軽視な気がするんだが、それでいいのかな。
というか、橋下さんって、こういう際に裁判所軽視して判断待たないかと思えば、自身の訴訟では判決に不服はないとか言ってるくせに控訴審の判断を仰ぎたいとか、裁判所を軽んじてるのか重んじてるのか、よく判らん人ですね。
とりあえず裁判所の判断待たずに代執行しても、法律違反ではないとの事なのだが、さすが弁護士だけあって、現行法の抜け道よく判っているってことなのかな。
橋下さん支持者的には、
「わははは 法の生かし方殺し方など全部判っているのだ ワシの邪魔は誰もさせないのだ」
「スゲェ!橋下さんマジパネェっす!」
みたいな感じなんだろうか。
個人的には、道路行政のための土地収用絡みで考えると、こういうところで「6-7億円の損失」とかいって無理筋を通すくらいなら、以前も書いたけど、大抵の収容地が収用後工事が始まるまでの間、数年のスパンで遊休地になってたりする、ああいう無駄をむしろ何とかして欲しいと思ったり。
追記:
一部ツッコまれたので修正。
あと、専門家の方がこの辺の問題点をもっと詳しく判りやすく突っ込んでくださっていました。
1エントリ・1アイヌリンク
かむい語り:ユーカラ語り手とウポポ歌い手共演??きょう八王子で /東京
アイヌの叙事詩「ユーカラ」の語り手とアイヌの伝承歌謡「ウポポ」の歌い手が共演するトークライブ「かむい語り 2008」が17日午後6時半から、八王子市館町のレストラン「トゥーマイ」で開かれる。ユーカラの語り手とウポポの歌い手による共演は、アイヌの物語世界で試みられる初のチャレンジという。
今日(10/17)の夕方なので、エントリアップ直後に見たなら今からでも間に合います。
私も行ってみたいが、さすがに八王子は遠いなあ...。
2008年10月16日
EeePCの無線LANがWPAで途切れまくるのはドライバ入れ替えで解決
うちの無線LAN環境、つい最近までWEP環境でした。
理由としては、Nintendo DSもあるのですが、部屋またぎのネットワーク引き回しにWDS(アクセスポイント間通信)を使っており、かつ利用しているアクセスポイントがWDSではWEPにしか対応していなかったため、仕方なく使ってました。
家が高層階で地上には電波が届かず、脅威は不特定多数ではなく基本的に同建物内の人に限られるので、その点からもちょっと放置してきた感じでした。
が、時々拾う他階の電波も軒並みWPAになってきて、さすがにそろそろやばいかな?と思ったので、WPAでWDSできるアクセスポイントに買い換えて、WPAに変更しました。
おりしもヤバゲな記事も出てきたところで、好タイミングでした(とっくにヤバゲの域を超えていたと言う説もありますが)。
が、WPAにすると、EeePCの接続がぶちぶち切れる。
正確には、タスクトレイに入ってるドライバの接続状況は普通に繋がっている状況のままなのですが、pingがどこにも通らなくなってしまいます。
数分に1回はその状況になり、また接続しなおすにはWPAの長ったらしい初期接続キーを入れてやらなければ再接続できません。
いろいろググってみると、EeePCそのものの情報はなかったのですが、こういう現象になる場合は無線LANデバイスのドライバアップデートで直るケースが多そうでしたので、EeePCの無線LANチップの最新版ドライバを探してみました。
無線LANチップのメーカーや型名からいろいろ探したところ、現在のところ このドライバが最新のようです。
とりあえずこれに入れなおせば、快適にWPAでも繋がるようになりました!
同じような症状で悩んでいる方がおられましたら、どうぞ。
あと、今回入れ替えたWPAでWDSできるアクセスポイントですが、これもなかなか快適なのでご紹介します。
Buffaloの「WZR-AGL300NH/E(無線LANアクセスポイント親機/子機セット)」なんですが、非常に便利です。
- WDSの親機・子機間が、ややこしい設定をしなくてもAOSSボタンひとつでWPAで簡単に繋がる。
以前の親機・子機は、完全に双方が無線LANのノードで、親機の方に接続するMACアドレスを設定したり、子機にIPアドレス設定したり、子機にも管理用WebI/Fがあったりといった感じだったのですが、今回の子機は特に設定も必要なく、IPアドレス等も意識せずそのまま接続できるので、有線LANでいうところのハブみたいな感じで、簡単に使えていいです。 - IEE802.11のa、b、gに対応、さらに全てで300Mbpsの拡張仕様(11a/n、11b/g/n)で通信可能。
ただしb、gでは、54Mbpsの機器が混ざる場合には、全体が54Mbpsに抑えられるので、300Mbps非対応機種がある場合は54Mbpsで我慢しないといけないが、それでもaは常に300Mbpsで繋がるので、子機との間は300で繋いで、基幹ネットワークは無線でも高速、にすることができる。 - DSなど用に、WEP用のアクセスポイントも別SSIDで配信可能。
さらに、WEPからの接続の場合は、インターネット以外の家庭内ネットワークへの接続を禁止することができる。
WEPを残すことでネットワークのただ乗りは防げないが、家庭内ネットワークに侵入される事は防げるようになる。
といった特徴があり、特に親機子機間の通信が早くなったのは、非常に快適度アップです。
追記:
考えればEeePCも種類あるので、異なる無線LANチップ使ってるモデルがあったとしたら、余計におかしくなったぞどうしてくれるとか言われかねませんな。
EeePC 901に関する情報です。
1エントリ・1アイヌリンク:
社会の無知・無関心が現状の問題を呼んでおり、その中には当然歴史への関心もあるわけですが、それをことさらに「悲しい歴史、だから...」と提言してしまうのも、なんとなくちょっと違和感が。
2008年10月13日
可視光通信って自位置特定にも使えるんじゃないか
先の記事でも、「可視光通信は『電脳コイル』の世界を実現し得る技術の最右翼じゃないか」と書いた。
実際問題、電脳コイル並みに視野に正確に情報をオーバーレイしようと思えば、位置を相当正確に、平面位置だけでなく高度等も含め、測位してやる技術が必要になる。
またそこまで正確に位置が取れたとしても、位置だけでは全く情報としては駄目で、視線の方向も正確にセンシングしてやる必要がある。
それもやはり、視線の平面上での方位角だけでなく、仰角・俯角も含めて相当正確にセンシングできなければ、視野に正確な情報のオーバーレイはできない。
たった「視野に正確な情報をオーバーレイする」というそれだけのために、GPSですら間に合わないので様々な補助信号を活用し、超正確な方位センサ・水平度センサまで導入する必要があり、かつそこまでやってすら、ある程度以上誤差が累積すればオーバーレイ情報はズレズレで「相当に見た目はしょぼくなる」。
正直、あまり効率的な技術追求とは思えない。
その一方で、可視光通信ならば、あらゆることが本質的に解決される。
視野に情報をオーバーレイしたいのであれば、その「見えているもの」そのものが情報を出していれば、「超正確に位置と視野角を出して視野に映る物」なんて計算しなくても、情報を得られるものが情報を与えるべきもの、なんだし、情報をオーバーレイする場所も、信号を得られた視野上にそのままオーバーレイするだけでいい。
何も難しいことを考える必要がない(オーバーレイするための技術としては)。
そういう理由で、「電脳コイル」や「Sekai Camera」を実現できる技術の最右翼、と私は思う。
つまり論拠としては、「電脳コイル」や「Sekai Camera」を実現するためには、本質的には「位置情報」より「視野に入る情報」の方が大事で、視野に入る情報を得る手段としては可視光通信の方が本質的、ということだったのだけれど。
でも、もう少し突っ込んで考えてみると、実は可視光通信でも、観測者の位置情報取得できるんじゃないの?という気がしてきました。
何となれば、そのように可視光通信を用いて、視野に付帯情報をオーバーレイする、といったことが当たり前な世界になれば、街中のかなり色々なものに、情報発信源としての光源が配備されると思うのだけれど、そのたくさんの情報源が最低各々の経緯度情報を発信していれば、最低3つの情報源を視野に入れてやることで、情報源の経緯度とその見える視野内での方位角から、観測者の平面上の居場所及びその向いている方向は容易に計算できる。
さらに情報源が高度情報も含めて発信していれば、4つ以上の情報源を視野に入れてやることで、観測者の高度や視線の仰角・俯角も計算できるようになる。
これはなかなかすごいのではないか。
もちろん、どんな街角でも必ず3つや4つ以上の情報源を視野を入れられるとは限らないし、可視光通信と言う性質上、昼間の太陽光の元では情報の受信可能な領域も狭まり、1つの情報源を視野に入れるのがやっと、という場合もあるだろう。
だから、可視光通信だけで用が済むとも思わないし、それこそ「シームレス測位」の言葉どおり、高精度GPS等他の手段で得た位置をベースに、可視光通信データを補完してやらないといけない場合もあると思う。
しかしながら、他の位置取得手段では得られにくい「視線の方向」と言うデータが本質的に得られ、かつデータをオーバーレイする際にも視野上の位置という本質的な情報を得られる可視光通信は、「電脳コイル」実現のラストワンマイルとなるポテンシャルがあるんじゃないかと思える。
必ずしも将来的に可視光通信が選ばれるとは限らず、別の昼間でも影響を受けにくいような周波数帯域の電磁波が選ばれる可能性もあるけれど、街中に直進性の高い情報発信源を多数配置して、他の位置取得手段では得にくい「視線の方向」情報を補完する、という未来図は、十分にあり得るのではないかと思う。
1エントリ・1アイヌリンク:
東京でも以前に紹介した、ムックリのコンサートが週末にありましたが、家族の体調等もあり行けませんでした。
また機会があればこういうイベントにも行ってみたい。
あいまいな個人認証の技術ってないんだろうか
gコンテンツワールドの講演を聴きながら思っていたのだけれど、
電脳コイルにせよ何にせよ、よくある現実に重畳されたサイバースペースのイメージって、リアルワールドでの各存在が身に着けたデバイスが中央のサーバに常時状態情報を送り、中央サーバが相互作用を解決し結果を各ノードに返すというようなイメージかなと思うんだけど。
でも実際問題、そういうモデルって実現化できるんだろうか。
中央サーバの処理能力の問題もあるだろうし、そんなに常時、中央サーバとの潤沢なアクセスラインをあらゆるノードが確保できるほど、今後街中のネットワーク環境は発達するのだろうかという事も疑問に思う。
何より、今リアルではすぐそばにいる相手との相互作用を解決するのに、なんで迂遠にもはるか彼方の中央サーバにお伺いを立てて、その結果を待たないといけないのかという違和感がある。
現実世界での物理的な相互作用だって、作用しあう物体同士がローカルで相互作用しあうのであって、何か大きな神の意思のようなものにいちいちお伺いを立てているわけではない。
それと同様、サイバースペースでのノード間の相互作用も、ノード同士がローカルに相互作用を解決し合ってもいいんじゃないだろうかと思う。
いや、むしろ本来はそっちの方が本質的な気がする。
中央サーバとの潤沢なアクセスラインを常時維持するのは難しくても、Wi-Fiのアドホック通信等で、相互作用しあうノード同士が一時的に必要なだけの接続を維持するのはそれほど難しくないんじゃないだろうか。
でも、その場合、知人同士のノード等で特別な相互作用を発生させようと思うと、ノード同士が中央サーバの力を借りずに個々のローカル局面で、自分たちだけで知人かどうかの検証できなければならない。
ところが、知人かどうかを検証するのに必要な個人の識別情報を、常に撒き散らして歩くのは、セキュリティ上の懸念がある。
「私はXXXXXXXXです、誰か知ってる人いませんか」とブロードキャストするのにしろ、「私はYYYYYYYです、もしかして知人の方でしょうか?」と個別に問い合わせるのにしろ、知人検証をする一方の側にもう一方がいきなり正体を明かしてしまうのは、危険だと言わざるを得ない。
もっと最初はあいまいな、でも最終的には確実な本人検証ができる技術ってないんだろうか。
現実のメタファーで話すならば、街中でいろんな人とすれ違うわけだけど、普段は各々の顔の特徴を全部詳細に検証できるほど認識能力もないので、対して気にも留めずお互いに歩き去る。
でも、視野のどこかで「あれ?あの人どこかで見たことあるかも?」と言ったあいまいな特徴を掴むと、軽く立ち止まって注意を向け、本当に知人かどうかを改めて相手の顔と自分の記憶を照らしあわす。
見つめられた方も、「あれ?知人だろうか?」と思い、やはり検証する。
で、お互い「やっぱりXXさんだよね?」と実際に名乗りあい、確認する。
そんな感じで、最初はあいまいな情報の交換から始めて、徐々にベールがはがれるようにお互いが知人である可能性を高めあって、最終的に確実な判定をするというような、そんな技術ってないんだろうか。
自分でもちょっと考えてみて、識別IDをいくつかの部分に細切れにし、それだけでは個人とは特定されないどこかの一部分だけをブロードキャストして歩いて、その識別IDの一部が知人リストの識別IDと部分一致する場合に、もしかして知人ですか?という問い合わせをやはり自分の識別IDの一部と共に行って、徐々に残りの識別IDを交換し合って、最終的に公開鍵暗号でチェックするというのを考えたんだけど。
でも、考えてみれば識別IDという公開情報だけを使ってやってる限りは、いかにややこしい手順を取ろうと、詐称されてしまうのは当たり前で、全然駄目だった。
かといって、公開鍵暗号をどっかで使えば、その時点で確実に検証できるけど、その代わりその時点で一方に完全に相手が誰だか判ってしまい、あいまいなままお互いの情報を徐々に検証し合う、という用途に合わない。
こういうあいまい情報から徐々に検証するような技術って、今後必要になりそうな気がするんだけど、既にないのかな。
みたいな事を考えていると、gコンテンツワールドの翌日参加したユビキタス技術系の講演会で、個人識別ID撒き散らしながら歩く系のシステムである「通学路安心見守りシステム」の発表が、ID撒き散らしの弊害に関する説明がないまま「保護者や地域の方々にも受け入れられました」みたいな発表をしているのを見て、改めてあいまい個人認証のような「検証資格のある者だけがIDを確認できる」ような技術が必要だよな、という思いを強くしました。
ちなみに、RF-IDの技術側でこのID撒き散らしに対する解としては、同定不能プロトコルというのが提唱されているらしい。
ただこれだと、「通学路安心見守りシステム」みたいなケースだと問題ないんですが、私の考えているようなノード間でのローカル検証では、
- 中央のサーバに対して、ネットワーク越えで検証を要求するので、私の考えているオフラインでもノード間だけで検証可能にしたい、という用途には使えない。
- 特定の監視者がIDの検証を依頼するだけでなく、あらゆるノードが移動中に遭遇したあらゆるノードとの間でIDの検証を発生させるので、この方法だと中央サーバがパンクする
- IDの検証を許すか否かの判断はお互いが友人・知人か否か、であるので、この方法だと個々人のソーシャルグラフ情報を中央のサーバが持たなくてはならない
といった点で、使えないかなと思っています。
#言うまでもありませんが、私が勝手にこのエントリで提唱した「ノード間のローカル個人検証」用途で使えないだけで、その「ノード間のローカル個人検証」が有用な概念かどうかすらまだ検証できていないわけなので、「同定不能プロトコル」をDISっているわけではありません。
1エントリ・1アイヌリンク
北の大地に先住し、独自文化を育んできたアイヌ民族の生活や歴史、芸術を楽しみながら学べます。
札幌アイヌの方々が製作した数々のアイヌ民族伝統工芸品を、その場で見て、触れて体験できる先住民族の施設、ということだそうです。
いろいろ紹介してきたけど、北海道行って実際に見てきたいなー。
でも沖縄も韓国も大連もまた行きたいし、そんな暇はなし。
2008年10月12日
位置情報の取得技術まとめ
gコンテンツワールドのシームレス測位ネタに感化されて、今考え得る位置情報取得技術をまとめてみました。
技術的に考え得る、というだけで、現在利用可能になっているかは考慮していません。
また、いくつかの技術は今回のgコンテンツワールドで初めて知ったと言う程度の、私のアンテナに引っかかった物だけなので、他にもご存知ならばコメントなどで追記ください。
私の知っていることをまとめた、という感じなので、ここをベースに調べる手がかりとしていただければ幸いです。
10/14追記:
いろいろググっていると、本エントリで書いたようないろんな測位技術を比較した論文がみつかりました。
あわせて読むと面白いかも。
GPS
まあ書くまでもないであろう、現時点でもっとも有名な位置取得技術。
元々アメリカの軍事技術で、複数個の衛星から出された時報信号の時差を計測することで、衛星からの距離を測定し地表面上での位置を同定する。
専用のGPSレシーバだけではなく、古くはカーナビからPCやゲーム機向け外付けユニット、さらには携帯電話等にも付加され、もっとも一般的な位置取得手段となっている。
原理上、時報を受け取る元となる衛星は4つ以上なければ正確な位置の測定は難しく、ひらけた野原等では非常に正確な位置が出せるが、都会のビルの谷間等では視線の通る衛星が少なくなり、数m~数十mの誤差が発生することもあり、屋内では事実上測位不可である。
また、測位に時間や計算機パワーがかかるという問題もあり、その精度誤差もあいまって、歩行者ITSのような即時性の高い分野では、そのシステム知名度の割には、必ずしも最右翼として考えられているわけではない。
アメリカ一辺倒であることに対するバックアップや、測位精度向上のための補完として、いくつかの派生技術がある。
グロナス、ガリレオ
グロナスはロシアの、ガリレオはEUのGPS類似の衛星位置測位システム。
グロナスはずいぶん昔(1982年~)から始まっていたシステムのようなのですが、今回初めて知りました。
アメリカのみに依存するGPSの代替手段として、今後利用が進んでいく模様。準天頂衛星(本ブログ内過去記事)
GPSを補完する形で今後整備される、日本の衛星システム。
先にも書いたとおり、GPSでは4つ以上の衛星を視野に入れなければ精度が得られないため、空をビルに阻まれる都市部では精度が出ない。
それを補完するため、数個の衛星を上げ、日本から見てほぼ天頂に当たる上空に、常に最低1個の衛星が存在するような軌道で運用し、GPS等の他の測位システムと連携することによって、GPS単独の場合よりも都市部でも視野に入れられる衛星を増やし、精度を向上させようというシステム。屋内GPS
IMES(Indoor Messaging System)と言うらしく、GPSと同じ信号を発する地上局を配置することで、見える衛星の少ないor見えない屋内でもGPSシステムをほぼそのまま利用できるようにする技術。
今回のgコンテンツワールドで初めて知った。
既にGPSシステムでの衛星に与えられる識別番号をNASAから割り当てられており、サービス開始に向けて着々と動いている模様。
十個以下の識別番号しか与えられていなかったように思ったが、それで全国で屋内測位ができるような基盤が構築できるのだろうか...。
飽くまで推測だが、微弱な電波でサービスして、互いに届かない範囲では、識別番号を再利用する、とかかもしれない。なお、類似技術として、GPS衛星が出した電波をリピータアンテナで屋内に配信するという技術もあるようで、これでもかなり屋内での測位精度は上がる模様。
ワンセグの空きパケットを利用したGPS補正(本ブログ内過去記事)
ワンセグ放送の空きパケットにGPS補正信号を載せてやることで、GPSの測位精度を上げてやる方式。
GPS単独だと数m~数十mの誤差になるような場合でも、この補正信号と合わせて測位してやることで、数十cm~数cmの誤差に抑えられる。
感覚的には、GPS単独だとどの道にいるかは判るけど道のどちら側にいるかは判らないところが、道のどちら側の歩道を通っているか、レベルまで判るようになるらしい。
富山の北日本放送が力を入れて実験しているらしく、障碍者向け歩行者支援実験や、後は富山らしいと言えば富山らしい?測位結果で自動運転して田植えを自動化、みたいな実験もしたらしい。携帯電話基地局による測位支援
携帯電話でGPS測位をすると、測位結果と共に測位精度が求められます。
これは、掴めるGPS衛星の数が少ない場合でも、可能な限り測位失敗とせず、携帯電話の基地局をGPSの補助信号とみなして測位した結果(最悪GPS衛星が全く見えないところでは、携帯電話基地局のみから測位した結果)を返す仕組みになっており、その補助信号として基地局信号を使った度合いに応じて、精度を算出しているためです。余談ですが、携帯電話のGPSでは、古めの機種だと「衛星情報の取得」や機種によっては「測位結果の計算」まで、端末内部で行わず基地局に依存している場合があるので、GPSとはいえ圏外では使えないこともあり、注意が必要です。
携帯電話基地局を利用した測位
携帯電話(含むE-mobile及びPHSのWILLCOM)には、GPS以外にも、最近の機種ではほぼ100%、今通信している基地局の位置情報を元に、位置情報を返す機能がついており、非GPS対応機種での位置取得手段として用いられている。
またGPSに比較して圧倒的に精度は劣るが、その代わり圧倒的に早く位置情報を取得できるため、位置情報を利用したゲーム等、正確な位置精度はいらないが、ユーザエクスペリエンス的に速い操作を行わせたい場合、こちらがよく用いられる(よくこれらのゲームによく「GPS機能を利用した」と説明がつく場合があるが、誤りであることが多い)。
一口に基地局位置情報と言っても、方式は各社様々であり、
- DoCoMo:複数の基地局を掴んでいる場合、双方からの測量による位置を返す。
- KDDI:特に測量等は行わず、基地局の場所を返す。そのため、誤差が数百mから、田舎では数kmに及ぶこともある。
- SoftBank:各基地局に存在する複数のセクタ(アンテナの扇形の守備範囲)の中心を返す。一つの基地局あたり複数の位置を返す分、KDDIよりは正確。
- WILLCOM:複数の基地局の測量結果を返す。もともとマイクロセル方式で基地局が多いのに加え、測量を行うので、もっとも精度が高い。
- E-Mobile:詳細不明。
といった特徴がある。
また、通信している基地局の位置情報を返すと言う性質上、電波の海面反射等で遠くの基地局の電波を掴んでしまった場合は、あり得ない遠くの位置を返す場合もあり、位置情報ゲーム等では「オーバーリーチ」等と呼ばれる。
10/16追記:
コメントでご指摘いただきましたが、SoftBankの位置情報は、アンテナから各セクタの方向に100m程度離れた点だということで、セクタ中心ではないようです。
というわけで、KDDIと比べてそこまで大して正確でもないようですが、とはいえユーザのいるであろう方面にたとえ100mでも寄っているということで、アンテナ中心よりは多少正確、といえないでしょうか...。
あ、それと、これは最初から書き忘れていたのですが、SoftBankの上記は第2世代時の情報です。
第3世代の簡易位置でも同じ傾向かどうかは、ちょっと確認できていません。
Wi-Fiを利用した測位
巷にあふれるWi-Fiの電波を電波の灯台と考えて、その受信状況から測量し、位置を推定する技術。
最近のデバイスにはほぼデフォルトでWi-Fi機能がついており、特別な機器を追加することなくほぼソフトウェアの対応だけで位置が取得できるため、FireFoxブラウザでも対応アドオンが発表される等、徐々に普及しつつある。
また、Wi-Fiはそもそも機器が設置されるのが屋内であるため、屋内での測位(フロア等まで特定できる等)にも強く、汎用的なサービスではなく、局地的にローカルでの位置特定システムとして個別構築される例もある。
日本でもっとも普及している汎用サービスプラットフォームとしてはPlaceEngineがあり、PCだけでなくPSP等のゲーム機やPDA・スマートフォンへの対応も進んでいる。
利用するにはその地域でのWi-Fi基地局と経緯度のマッピング情報が基礎データとして必要になるが、その整備については各汎用サービスが街中を走り回って収集して構築しており、PlaceEngine等ではそれに加え、ユーザが自発的に集めたWi-Fi基地局情報をアップロードしてデータを補完できる等、CGM的にボトムアップでプラットフォームを育てていこうと言う試みも行われている。
一般的にエンドユーザデバイスが集めたWi-Fi基地局情報を、最新の基地局マッピングを持つ中央サーバに問い合わせて最新の推定位置を得るため、ネットワークへの接続を必要とする。
が、最新の基地局マッピングでなくとも、ある時点でのスナップショットマッピングをクライアント側にダウンロードすれば、オフラインでも周辺Wi-Fi基地局の電波強度だけで位置を推定できる他、GPS等に比べ測位速度も速いという利点も得られ、PlaceEngine等ではこのローカルデータベースを利用することも可能になっている。
RF-IDを用いた測位
位置情報を持ったRF-IDをユーザのリーダが読む、或いはユーザの特定できるRF-IDを位置情報を持ったリーダが読むことにより、位置を特定する技術。
位置情報が必要な局面において、適切な高精度の位置情報を高速に読み取ることができる利点がある反面、物理的なプラットフォーム構築の困難等がある。
また、ユーザがRF-IDを持ちリーダが位置情報を持つ場合、個人を特定できる情報を撒き散らしながら歩くことに関する、セキュリティ上の懸念も存在する。
Wi-Fi測位と同様、施設内の訪問者案内や従業員の所在地把握、或いは特定地域内の児童通学状況見守り等、局地的なプラットフォームとしては実用化例がある。
また、携帯電話に搭載されたRF-ID(Felica)、及びFelica経由で携帯電話のWeb機能に誘導する機能を用いて、設置されたFelicaリーダの場所からユーザの場所(主にユーザの所在駅や所在店舗等)を特定し、Web経由でその場所に応じたクーポンコンテンツを発信する、といったことも実用化されている(事例1、2)。
個人的には、もっとも測位速度も速くまたクライアント側に必要な機材も安価な測位手段として、視覚障碍者への行動支援等、人命が関わるような局面での測位手段としては最右翼と考えており、かつできる限り遍く配備されなければあまり意味がないので、普及して欲しいと考えている。
位置情報を埋め込んだRF-IDを普遍的に配備するのは高コストであると思われるが、おそらくそのコストの大半は、一つ一つ位置情報を埋め込んだ地物を管理し、間違いなくその場所に配置されるように管理する等、位置情報を埋め込まれたRF-IDの管理に費やすコストではないかと考える。
工場から出荷されたRF-ID入り点字ブロックが、特に位置情報埋め込み作業等を行わなくともそのまま現場に持っていって配置すれば、勝手に正確な位置情報を覚えてくれるというふうにでもなれば、プラットフォームの構築コストは大きく下がるのではないかと考えていて、その手段として、GPSシステムと相互補完的にすればよいのではないかと考え、GPSでRF-IDに位置情報を埋め込む案(リンク先記事後半分)を考えている。
可視光通信を用いた測位
可視光領域の光源としてLEDの進出が進んでいるが、LEDを人間の目では検知できない高速で明滅させることにより、信号を送信する通信方式が可視光通信技術である。
いくつかの通信仕様があるらしいが、比較的近接用途での標準仕様は既に策定され、実用化段階にあるらしい。
博物館や大型商店等で、お客さんの持つ対応端末に信号を発信し、それを受信することで所在箇所を特定し適切な情報を配信するというようなアプリケーションがあるよう。
またそのような近接での情報配信だけでなく、街角で例えば信号やネオン(といってももちろんLEDの、だが)が信号を発するというような遠距離の配信仕様も近々策定される予定であり、街角の光源が情報発信源となるようなアプリケーションも当然考えられていると、昨年のgコンテンツワールドのブースでは話を伺った。
個人的には、よくある「電脳コイル」の世界を実現し得る技術の最右翼は、この可視光通信になるんじゃないかと思ってる。
結局電脳メガネの世界は、「観測者の現在地の情報を知る」ことよりも、「観測者の
可視光通信だと、観察者の場所や方向測定誤差なんか関係なく、視線が通るものそのものが情報を出すわけなので、例えば、東京タワーのライトアップが可視光通信で情報を出していたとすれば(技術的に可能かどうかは別として)、東京中の東京タワーが見える観測者は、自分の位置が全く判らなくても、視線上の東京タワーにその付加情報をオーバーレイすることができるわけです。
さらには、必要最低限の情報がブロードキャストされていれば、観察者がネットに接続していなくても最低限の情報はオーバーレイできることになるので、本質的にはこれに勝る技術はないんじゃないかとさえ思えます。
というか、Sekai Cameraを実現できる技術は、まさにこれじゃないかと思うんですが。
追記10/14:
視野に見える情報を得るだけではなく、光通信は観測者位置を得るプラットフォームにもなり得るのではないか、という視点を新エントリで起こしてみました。
また、可視光通信ではないのですが、視野に写った物から情報を得る、という意味では、ソニーCSLで開発されている、カメラに一部でも、斜めからでも写れば情報を得られるフラクタルな2次元コード(これもCyber Codeの派生なんでしょうか?)も、同種の技術カテゴリに入るかと思います。
その2次元コード技術を使って拡張現実感を実現したゲームとして、既にEYE OF JUDGMENTがあるわけですが(プレイ動画)、これがゲームフィールド内だけでなく普通の空間にまでコードを展開して現実の画像に重畳すれば、それって電脳メガネ・Sekai Camera以外の何者でもないですね。
QRコード等を用いた測位
以前にも記事にした事がありますが、QRコードもRF-IDのところで述べたFelicaと同様、既に大半の携帯電話に搭載された汎用プラットフォームになっており、かつ物理的にある場所に存在する情報をそのままWebへ引き渡すことができる技術であるので、実は位置情報と非常に親和性が高いです。
簡単な白黒バーコードであり、仕様も公開され簡単な計算機さえあればすぐ発行できるので、PDAレベルの小さな計算機と、バーコードプリンタさえあれば、すぐに位置情報を含んだQRコードを発行することができます。
例えばそのような簡易QRコード発行装置にGPS装置を取り付け、映画のポスター貼り付け作業時に貼り付け場所の位置情報も含んだ映画公式サイトへの誘導QRコードを発行し、ポスターに貼り付けしてやれば、それだけで各ポスター貼り付け場所の効果を測定できるマーケティングツールになります。
ただし、これはFelicaも同様ですが、基本的に携帯電話端末に渡せるのは容易に複製できるWebのURLであるので、例えば「この場所に実際に来てQRコードをスキャンした人にのみ、特別サービス!」みたいな用途に使う場合は、URLを複製・公開されて「行ってないのに行ったふり」をされてしまう危険性があります。
追記10/14:
コメントで情報いただきましたが、バスロケーションシステムではQRコードで位置情報、はもう普通に使われているとのこと。
なるほど「バス停 QRコード」でググると、バス停にQRコードを貼り付けて、運行情報や周辺情報という事例が大量に。
『四角いバーコード「QRコード」を通して、同社の携帯サイトへのアクセスが殺到。』とか書かれてるの見ると、自分の思い付きが正しかったのが証明されたような気がして嬉しいですね。
こんな感じで、街角のコンビニとかにももれなく配置されて、かつ単にそれぞれのサイトに位置情報付で誘導されるだけでなく、得られた位置コンテキストを汎用的に流通できるようなプラットフォームにできれば、面白いですね。
超音波を用いた測位(追記10/14)
コメントで情報をいただきましたが、超音波を発する基地局をおいて、複数基地局からの超音波信号を元にGPS等と同様の測量を行って、位置を測定する技術もあるようですね。
コメント主によれば、WiFi測位より子機の電力消費が少ない事と、光学式よりも受信部を隠しやすい事などがあるようです。
ググってみると、この辺とかこの辺に情報があるようです。
その辺の情報によると、cm単位で精度が出る、3次元測位に強いと言った利点もある模様。
画像+画像認識(含OCR+ジオコーディング)を用いた測位
...まあこれは、今となってはほとんどネタですが。
長らく携帯電話において、DoCoMoがまともな位置測位手段を提供せず、かつQRコードやFelicaもまだなかった頃には、日本ではわりかし整備されている街角の住所表記を携帯カメラで撮って、メールでサーバに送りOCRしてジオコーディングして位置を測位する、というのを結構マジメに考えてました...。
追記10/14:
いや、最初は上のようなこと書いてしまいましたが、確か街角の看板等の特徴物を撮影し、その写っているものを解析(含OCR)することで、その場所を割り出す研究はどこかがやっていたはず。
そういうことやるなら日本だとJ-Magicさんだよなあ、といったアタリからいろいろググってみましたが、ちょっと見つけられませんでした。
また見つかれば、追記いたします。また、屋内でのVR・ARにおいて、ユーザの動作をカメラで撮影してその動きからユーザの操作を画像解析すると言うのは、VR研究のごくごく初期からの一般的な測位手段でしたね。
以上、今のところ私が興味を持ってアンテナを張っている位置測位技術について、まとめてみました。
1エントリ・1アイヌリンク
先住民族議決を経ての具体的な施策を導くための基礎調査というところでしょうか。
有意義な成果を望みたいです。
2008年10月11日
gコンテンツワールド2008参加しました。
gコンテンツワールド2008に行ってきました。
と言っても、1日目だけですが。
2日目は別の講演会が入っていたので不参加だったのですが、よくよくプログラムを見てみても、或いは予稿を見てみても、SVGの高木さん、予稿を見ると超面白そうだった福岡大の先生、佐々木俊尚さん、クウジットの塩野崎さんと、面白そうな話者だらけ。
というか、1日目はとにかく周りは年寄りのスーツ(ギークスーツの意味ではなく、服のスーツ)だらけで、TシャツGパンにノートPCに開いてコーディングしながら聞いてるような奴なんて、私しかいなかった。
毎年こんなイベントだったっけ?と思って主催者の人に聞いてみると、1日目に省庁の発表を集めたので、2日目はこんな感じじゃないだろうということだった。
去年まではPlace Identifierを中心としたアノテーションが中心だった気
シームレス測位とは、
- 屋外でしか使えないGPSだけではなく、人が70%
近い時間を過ごす屋内でも、GPS信号のリピーターやRF-ID、 WiFi位置情報等をベースにして高度も含めた高精度位置測位を 実現する - 或いは屋外でもGPSだけでないグロナスやガリレオ、
準天頂衛星等を活用して、さらに高精度な測位を実現する - これらの測位を、複数のデバイスを複雑に使いこなすことなく、
単独のデバイスで常にシームレスに利用可能な基盤を整える - データの側も、
共通の形式でその場にあった新鮮で多様な情報が引っ張ってこられ るような、検索・更新が容易なコンテンツ基盤を整える
といった感じの概念のようです。
最後の1項はシームレス測位とはちょっと離れているかもしれませんが、皆さんその辺まで含めて話されていました。
どの人もこの人も、
全体に目を向けて最適化を図ろうという思想は実にいいんですが、
衛星上げるとかプラットフォーム整えるとか、行政レベルでしかできないところだけちゃっちゃと
その上で、ちゃんと広報をしっかりした上で(今のWeb2.0とかクラウドとか何とかで騒いでいる人達って、準天頂衛星だの国土地理基盤だの言っても何も知らないっすよ)、ロードマップをきちんと引いてやれば、なんぼでもみんな使いますよ。
どう考えたって統制できようはずのない、データをインターネット接続したその先の事なんて、インターネット業界に任せてしまえばいいのに、と思います。
そんなところにまで気を払ってるから、ただでさえスピード感のないやり方してるのが、さらにスピードを殺がれてしまう。
もっとも、こういった人達がインターネットより先の部分までこだわって規格化しようとするのも判らないでもなくて、今のインターネット業界とかWeb業界とか、相当ITリテラシーの高い人間の間だけでのクローズドコミュニティになっているというか、ほとんどあるレベル以上にデバイスやネットを使いこなせる人だけの視点で動いてしまっているところがあります。
ネットを使いたい?ならばまず自助努力でPCを起動せよ。なんとか起動できた?ならば自助努力でネットに接続せよ。ウィルスに備えよ。Webを見ろ。検索スキルを身に付けろ。それらを全部自助努力で乗り越えて初めて、おめでとうあなたは市民と認められました、みたいな。
でもgコンテンツワールドで話すような人たちは、ITリテラシの高い者達だけの貴族舞踏会で通用すればOK、レベルでは思考を止められないので、末端まで考えてしまっているんじゃないかと思います。
以前のgコンテンツワールドであった実証実験の報告とかみていても、ユーザ(大抵は商店街のおばちゃんとか、低ITリテラシ層が選ばれている)の「使いやすかった」とかの報告が取り上げられていて、そんなん別にUIの専門家に任せときゃいいやんと思えるようなものまで評価対象になっていたりとか。
その低ITリテラシ層も視野に入れる感覚は非常にいいと思うのですが、だからといって既に踊っている舞踏会を無視するのも全然現実的ではないと思えます。
適切なテーマ(着目点。たとえば低ITリテラシ層にどう使わせるか、等)と金を舞踏会に提示すれば、舞踏会の人達だって新しい曲を踊ってくれると思うのですが、どうでしょうか。
今だって実証実験の実現企業に補助金をつける公募とかだってやってるはずなので、既にやってるよ、という感じかもしれませんが、固すぎて結局それが一般に見えてきていないんじゃないかなと思います。
省庁の仕事はSIerがやるもの、みたいなイメージとか。
極端な話、テーマにもよりますが、省庁が「人力検索はてな」で実証実験参加企業募集、とか始めたりでもすれば、感じも変わってくるのかな、とか。
余談ですが、携帯キャリアの中にいるこういう類の人たちが、よくも悪くも、
もちろん、私はそのガラパゴス携帯が提供する価値を使い倒している立場なので、
1エントリ・1アイヌリンク
発掘して見つかったとかじゃなくて、河川敷に漂着したっていうのが面白いな。
2008年10月08日
自立生活サポートセンター・もやいが緊急カンパキャンペーン
えらいことになりました。
これまで都内で、孤立し助力を得る術のないままホームレスに近い困窮状態に陥った人々に対し、アパート入居の連帯保証人になる等して新たな自立への後押しをする活動をしてきたNPO法人の「もやい」ですが、後援していた株式会社リプラスの破産に伴い、運営危機の状況にあるそうです。
9月24日、私たちNPO法人自立生活サポートセンター・もやい(以下、<もやい>)と協力関係にあった株式会社リプラスが、東京地方裁判所に破産手続開始の申立てを行い、破産手続きが開始されました。
リプラスによる協力が始まる2006年3月以前、<もやい>の活動は全員、無償のボランティアによって支えられていました。
リプラスの株式上場に伴い、社会貢献の一環として<もやい>の事業を支援したい、という申し出があり、2006年度以降、以下の点で協力をしていただいていました。
- 入居支援事業における提携:<もやい>が連帯保証人となる方々については、家賃保証をリプラスが担い、入居者のアフターフォローや退去時の原状回復を<もやい>が担当する。リプラスは、従来の<もやい>のやり方(あくまで賃借人の利益に立つ)を尊重し、<もやい>と提携して保証する入居者については、滞納が生じても督促等を行わず、<もやい>に対応を一任する。
- 事業全体への資金援助:人件費・事務所費など年間1320万円を寄付。
リプラスの賃貸保証部門を引き継ぐ会社は今のところ見つかっておらず、リプラスの破産により、<もやい>は年間予算の約40%にあたる寄付金を失うだけでなく、連帯保証人となる方々の家賃保証も負っていかざるをえなくなります。
......
相談者の受益者負担が成り立たない、さまざまな偏見にさらされて支援を受けづらい(アンダーサーブド)私たちの活動は、多くの方たちのご寄付によって支えられています。
今後とも、私たちは<もやい>の事業・活動を維持・発展させていくための様々な取り組みをしていきたいと考えておりますが、当面、この危機を乗り切るため、緊急の資金カンパをお願いいたします。
さっそく私も、イーココロ経由で募金しました。
一度でとどまらず、機会を見て今後も継続的に行っていこうと思います。
#しかし、イーココロ経由の募金は手数料募金額の10%って、ボリ過ぎじゃないの?という気はする。
#せめて郵便・銀行振込よりは安い定額じゃないと、募金しようという気が殺がれるし、募金を多くするほど手数料もアップでは、少額募金でいいや、と思わせてしまう...。
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生活保護vsワーキングプア |
おりしも上の本を読了したばかりで、あらためて困窮者自立支援の枠組みの必要性を再認識していたところ。
本来はまさに上の本の内容でも「自立できるまでのプチ生活保護」が提唱されている通り、生活保護システムこそがそういう状況での止まり木にならないといけないと思うのだけど、行政の長がボケたこと抜かしているような状況では、もやいのようなNPOの存在は不可欠だと思います。
1エントリ・1アイヌリンク:
アイヌを愛した国語学者、じゃなかったの??『金田一京助と日本語の近代』
そういう時代だった、と言ってしまえば簡単だけど、難しい問題だなあと思う。
そういう意識であったとしても業績がなければ資料も残らなかったわけだけれども、一方で以前もリンクしたけど
モジ資料として化石化するための方便=予算獲得と自己満足的なエセ・アカデミズムの手段として展開されている議論
みたいな視点もあるわけで、資料化するにしてもそこに対象に対する尊敬の目がなければ、単に全部資料化できてしまえば後は滅びようが何しようが構わない、興味ないみたいな話になってしまう危険性があるんじゃないかと思う。
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