2008年12月31日

『共通善は共有してはいけない』に一部解毒され、一部またもやもやした

Posted by nene2001 at 10:45 / Tag: 天皇制 社会 / 1 Comments / 0 TrackBack / Google Maps このエントリーを含むはてなブックマーク

共有されるべきは【悪】や【誤謬】(追記アリ - 地下生活者の手遊び

  1. 自分のして欲しいことを他人に施す
  2. 自分のされたら嫌なことは他人に施さない

両者の立場はともにダブスタを回避している点においては倫理的なものにゃんが、その中身はまるで違うものですにゃ。なぜかというと、Aの立場は自らと他者の間に【善】を共有しようとするものであることに対し、Bの立場は自らと他者との間に【悪】を共有しようとする立場といえるからですにゃー。

Aの社会はスバラシイ社会かもしれにゃーのだが、その【共有された善=共通善】を共有できない者にとってはきわめて抑圧的なものでありえますにゃ。宗教共同体なんかが典型例なのではにゃーだろうか。宗教共同体って、信者同士ではすんごく、きゃっきゃうふふ、していて楽しそうだけど、無信仰者はなかに入れずにつらいだろうし、それどころではなく具体的な不利益がもたらされることもありえるわけでしてにゃ。

  .........

もひとついっとくと、今の日本における最大の【共通善】は、たぶん天皇制でにゃーかな? まあ、この【共通善】はふわふわしていて厄介にゃんが。

なるほどなあ。
共通善は共有してはいけないか。
天皇制に関して自分の中で若干もやもやしたところがあったんだけれど、これで腑に落ちた。

もやもやしたところというのは、若干長くなるけど、

「天皇制是か非か」みたいな公理を争うような議論をする前に、「天皇制は是」とする立場の人って、「歴史と伝統を重んじる」という自身の公理に則って考えたって、同じ国民である沖縄やアイヌの歴史や伝統はガン無視という点で、矛盾というかダブスタを抱えてるよな、と考えてて。
自分の公理の元での論理矛盾やダブスタさえ片付けられない人々ともっと根本の公理的な部分を争っても益ないよなと思って、あえて国士な人々の公理に乗った上で、ダブスタを指摘してきたのが、この記事を始まりとする一連の記事だった。
ダブスタなく真摯に右翼たらんとすれば、天皇の祭祀にアイヌや沖縄の神々を加えるべきだという結論になることに対して、どう考えても普通の感覚では滑稽なトンデモ議論になってしまうわけだけれども、そのおかしさに気付いて自らの公理のおかしなところに気付いてくれればいいなと。
とはいえ、全くネタ記事だというわけでもなく、アイヌや沖縄の歴史や言語教育の保証なんかは、実際にそのようにならなければいけないわけだけれども。

ただ、今の右翼を自称している人々は「ダブスタだらけ」なわけだけれども、右翼が実際にダブスタなく「真摯に右翼たらん」とするならば(何度も引用したけど、朝鮮神宮祭神論争で韓国建邦の祖神も祀るべきと主張した当時の神道人のように、実際にそのように行動した人はいる)、天皇制は許容されるのか、というその1点が自分の中ではどう考えていいのか判らないまま残ってしまった。
もちろん、右翼の人がダブスタを解消したとしても、そこで初めて公理争いの議論に乗る資格ができるだけなので、それだけで「天皇制=是」となるわけではないのだけれども、右翼がその段階に達した(まあ、ありそうもないが)として、「天皇制是か非か」と問われた時に、感覚ではなく論理で「非」と言える根拠がないなあといったあたりが、もやもやしていたところだった。

その辺が解決したのが、冒頭の記事だった。
なるほど、ダブスタを解決する手段としても、共通善の共有はあってはならないわけか。

でも、一方で逆に引っかかる部分もあるのだけれど、

Bの社会は善意にあふれた社会ではなく、いわば相互の「好意的シカト」によって成りたっている社会であるといえるでしょうにゃ。都市的というか、自由主義的個人主義というか。ヒトによっては寂しいかもしれにゃーが、マイノリティに居場所のある社会でしょうにゃ。

というあたり、「シカト=無関心」という意味に採ると、私は在日の問題にしろアイヌの問題にしろ、社会の無関心が諸悪の根源のように感じているので、「好意的シカト」で社会が成り立つべきというのも、理屈は判るんですが直感的には違和感を感じます。
この辺は、どう考えればいいんでしょうかね。
まあ、上記記事にいただいたブクマでも、

  • fuktommy 社会 無関心である権利はあるはず。
  • kokogiko ↑fuktommky 個々人としてはそうでしょうが、社会全体として無関心がまかりとおっている状態が問題なわけです。そうならないための何らかの担保装置、教育なり政策なり或いは民間に任せるなら思想なり、が必要だと。

とかやりとりしたので、個人の選択の権利と社会としての責務を分けて考えればいいのかもしれませんが...。

アイヌリンク:

半生民族のために 白老で野村義一さん通夜

アイヌ民族の地位向上に尽くし、二十八日に九十四歳で亡くなった元道ウタリ協会理事長、野村義一さんの通夜が三十日、胆振管内白老町の白老斎場で営まれた。

野村さんは、三十二年にわたって道ウタリ協会理事長を務め、組織拡大に全力を挙げたほか、国連本部でアイヌ民族として初めて演説するなど、一九九七年のアイヌ文化振興法の成立や、今年六月のアイヌ民族を先住民族と認める国会決議へのレールを敷いた。

2008年12月27日

ケータイ位置情報ゲームにおいて、あるべき理想のマネタイズパターン

「ケータイ位置情報ゲーム」というゲームジャンルがある。
ケータイのGPSや基地局位置情報等を取得できる機能を使い、ある場所に来た記録をスタンプラリー的に競ったり、移動距離を競ったり、或いはそれらの値を変数に起こるイベントを楽しんだり、ユーザ間のコミュニケーションを楽しんだりといった類のゲームだ。
まだまだ市民権を得ているとは言えないゲームジャンルではあるが、一部ユーザの熱狂振り、そしてその行動力は驚かされる物がある。

あんてなめぇ」という、au/KDDIケータイで遊べる、個人運営のケータイ位置情報ゲームがある。
おそらく、ユーザ数規模は数千人規模のサイトなのだが、先日、参加者全員を6チームに分け、14日以内のチーム全員の累積移動距離で勝敗を決める、という期間イベントがあったのだが、非常に盛り上がり、参加者全員での総移動距離が56万5612.4kmにも達した。
実に地球14周分だ。
会員数はまず確実に3000人以下だと思うが、仮に3000人だとしても、アクティブユーザはだいたい50%程度として、1500人で56万kmを動いたとすれば、1人あたり380kmほど、14日で動いた計算になる。
確か、記録が残ってないのでうろ覚えなのだけれど、トップの人は一人で14日間に2万km近く動いていたはず。
地球半周、JRの全営業kmに近い距離を、別にトップになったからといって景品がもらえるわけでもない、コミュニティも小さなゲームの期間限定イベントのために動いている。
悪い意味ではなく、尋常でない情熱だ。

この手のゲームサイトで、マイナー分野とはいえ今大きいのは、「ケータイ国盗り合戦(13万人程度)」と「コロニーな生活PLUS(9万人程度?)」なのだが、先日、前者のユーザオフが新宿であったため、参加させてもらう機会があった。
国盗り合戦はぶっちゃけ簡単に説明すると、日本全国を600国に分けたスタンプラリーゲームなのだが、その場に50人ほど集まったユーザは、半数近くが既に600国を制覇したコミュニティ内では神のようなユーザであり、残りのユーザも最低でも3桁以上の国を盗っているようなコアなユーザの集まりで、私など参加するのが恥ずかしいくらいの場だったのだが。
その場でいろいろユーザから聞いたりした感じでは、もちろんどのような移動手段を使うか、等によっても違うのだけれど、全600国を制覇するには、だいたい60万円くらいの移動費や宿泊費が必要になるっぽい(国盗りは私は関係者でもあるので念のため書いておきますが、飽くまで公式見解ではなく、個人の私的試算です)。
その他いろいろなファクターを考慮に入れて私的試算を弾いてみると、オフに出られたユーザ方50人だけで、最低でも1500万円はこのゲームのために使っていそうな感じだ。
すごい情熱、パワーだと思う。

しかしここに、この種のゲームのジレンマがある。

ユーザはこの手のゲームを遊ぶために、すごいお金をつぎ込んでいるのだが、残念ながら今のところ、その投資が直接運営側に還元される経路がなく、お金はおそらくこの手のゲームの存在すら知らない、ガソリンスタンドであったり鉄道会社であったりバス会社であったり、旅館・ホテルであったりに落ちるばかりだ。
ユーザから見ればむちゃくちゃ金のかかるゲームであるにもかかわらず、運営側は無料ゲームと同じような状況で、マネタイズの方法に喘いでいる。
このままでは、いずれ双方が疲弊して共倒れになりかねない訳で、悪く言えば「Lose&Lose」の関係になってしまうわけだけれど、これは隠れたもう1つのプレイヤーにとっても不幸な状況だ。
つまり、今ユーザがお金を落としているGS・鉄道バス・旅館等で、これらは今この手のゲームが続いているために、知らず知らずの間に若干なりとも潤っているわけだけれども、これが双方息切れせずに続けば、その潤いが恒久的に続くわけだけれど、双方息切れしてしまえば、そこでオシマイ、となってしまう。
このままでは、「Lose&Lose&Lose」だ。

理想的には、本来はこの手のゲームサイトが喚起する移動需要や宿泊需要から、発生した移動費・宿泊費に対して、ゲームサイトが広告費を得られるような形になるべきだと思う。
例えば、

  • ゲームサイト上で、ユーザが遠征計画や遠征手段等を入力する。
  • システムは通常のルート探索だけでなく、お得なクーポンの使えるガソリンスタンドだとか、安い切符の使える鉄道ルート、宿泊計画等を含めて、最適な移動ルートをリコメンドする。
  • ユーザが遠征計画を決定し、クーポンやチケットを購入すると、それによって広告費がサイトに支払われる

とか、そのような形であるべきだと思う。
このような形になれば、

  • ユーザは安いお金で旅行が楽しめてWin
  • サイトはユーザの移動需要を喚起したという、サイトの本質的な特性からマネタイズできてWin
  • 交通・宿泊業者等は、継続的な需要を喚起できてWin

と言う形で、3者が「Win&Win&Win」の関係になれる。

今は、上のような仕組みがまだない状況なので、この手のケータイ位置情報ゲームサイトでも普通のケータイサイトのように、他の有料サイトの広告を張って成果を得る、といった形でマネタイズをせざるを得ず、それは過渡期として全く仕方ない状況だ。
しかしながら本質的には、ゲームのために移動に多大なお金を支払ってくれているユーザに対し、いかにマネタイズのためとはいえ、さらに他サイトに有料加入させて糧を得ようというのは、ユーザへの裏切り行為に近くなる(批判をしているのではなく、現状はそういう方法しかほぼないので全くもって仕方ないのだが、本質的にはそのような構造になる、ということだ)。
ましてや、この手のゲームサイトは、10歳から20歳代が中心の一般的モバイルサイトと違い、30歳から40歳、上は50歳代までも含む高年齢層が占めるという特性の違いもあるわけで(リンク先資料6ページ)、ということは加入させようとしているサイトはユーザにとって必要のないサイトである可能性が高い、ということになり、よりその傾向が高くなる。
やはり、将来的には、サイトの本質である移動需要の喚起そのものから、マネタイズできるようになるべきだ。

また、ここで述べている「移動需要の喚起からのマネタイズ」と似てはいるが非なる構造として、スポンサーをつけて、スポンサーの行かせたいところをゲームの目標に設定し、そこにユーザを誘導することでお金を得る、という構造がある。
これも、過渡期としては全く仕方がない構造で、そもそも理想的な「移動需要の喚起からのマネタイズ」構造を構築するためには、交通・宿泊業者等にこの手のサイトの価値を認識してもらう必要があり、そのためにはスポンサー主導でユーザを動かすことも必要な一過程ではあると思う。
ただ、このような構造は一時的には面白いかもしれないが、長く続くと、ユーザにはお金のためにいいように踊らされている、という感覚しか与えず、ユーザの離反を招きかねない。
やはり本質的には、どこに行きたいか、何を楽しみたいかを決定する主体はユーザであるべきであり、サイトやスポンサーはその手助け、スタンプラリーとして行ったことを証明したり、旅行の記録や思い出を預かったり、安く行ける手段を提供したり、そのような関わりであるべきだと思う。

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的な事をちょっと前から考えていたのだが、最近「コロニーな生活PLUS」をやり込むうちに、別の選択肢もあり得る(というか、まさにコロプラが採っている戦略だが)のかなとも思い始めた。
それは、お金を使って派手に動いてくれる一部のコアユーザを徹底的に有利な立場においてサイトの中でスターユーザ化させることで、それほど派手には動けない大多数のユーザに「私も動けないなりに、同じようなレベルで楽しみたい」と感じさせ、そういう層にサイト内でお金を使わせるモデルだ。
実際、こう書いている私自身がコロプラを遊びつつ、忙しいし家庭もあるしでそんなに出歩けないのだけれど、派手に全国を飛び歩いているスターユーザ並に遊べるようになりたいと思い、それなりのお金をコロプラのアフィリエイトに投資してる。
このモデルだと、交通機関等にお金を払っているコアユーザは、コロプラ自体ではお金を払わなくても存分に楽しめるし、動かないユーザは、そもそもスターユーザのように移動に投資していないのだから、コロプラに投資させても別にユーザへの裏切りでも何でもない。
実に巧みでうまいなと思う。
さらにコロプラのうまいところは、ゲームに必要な通貨であるプラは基本的にリアル移動でしか貯まらず、後は所有するアイテムを売ったりといったユーザ間の売買でしか通貨は得られない。
リアル移動ではなくアフィリエイト投資で遊ぼうとするユーザは、直接通貨であるプラを入手できるわけではなく、アイテムを入手できるだけなので、プラを得ようと思うと、そのアイテムを売却処分してなんとかしてプラに変えなければいけない。
その意味で、どこまでいっても有利なのは実投資より実移動であって、この辺もスターユーザを優遇する、うまい構造ができている。
一方で、いくら実移動の方が有利だと言っても、昨日今日始めた動きまくるユーザが、何ヶ月もやっているあまり動けないけど実投資はしているユーザをあっという間に追い抜いてしまえばこれはまた面白くないわけだが、コロプラではこの辺の施策もうまく、最初は一日に移動できる距離や回数に制限があったりして必ずしもむちゃくちゃ動くユーザ有利にはなっておらず、続けていけばその制限をアイテムの効果等で撤廃でき、どんどん動くユーザ有利に持ち込むことができるようになっている。
つまり、今のスターユーザはその試練を乗り越えてきた、尊敬されてしかるべくのユーザというわけで、誰もほとんど不満を感じない、うまい階層社会がコロプラでは形作られている。

とはいえ、このモデルを成り立たせようと思えば、いくつか条件があって、まずほとんど動けずスターユーザになれない層からマネタイズしようと考える以上、ほとんど動けないユーザにとっても続けたいと思わせる、魅力的なゲームである必要がある。
実際にその場所に行かないと話が進まない、単なるスタンプラリー的なものでは構築できないモデルだ。
また、実移動有利という越えられない壁がある中で、ゲーム全体が何かの奪い合いのようなゼロサムゲームになっていれば、これは越えられない壁の内側にいる者にとっては不満たらたらになってしまうわけで、奪い合いではない、共に育てていく系のゲーム性でなければいけない。
この両者の条件ともコロプラは備えているので、採用できるマネタイズモデルではないかと思う。
計算尽くなのか偶然なのかは分からないけれど、実に神のようなゲームバランスだと思う。見習いたい。

アイヌリンク:

苦難の歴史明記へ アイヌ有識者懇、本格議論始まる

2008年12月22日

訃報 - アイヌ語研究者・魚井一由先生

数日前、北海道から喪中葉書が届きました。
受け取った家内は、数年前にもその方のお母様ご逝去に伴う喪中葉書を受け取っていたので、御父母のどなたかが亡くなられたのかと思っていたようなのですが、数日後よくよく見ると、ご本人のご逝去通知でした。

魚井一由先生

魚井一由(うおい かずよし、1947年 - 2008年)は日本のアイヌ語研究者。

魚井一由は國學院短期大学等でアイヌ語の教鞭をとった研究者。他に大阪外国語大学等でもアイヌ語、アイヌ文化の指導を行っていた。旭川医科大学ではロシア語担当講師でもあった。旭川市博物館のアイヌ語辞書編纂担当嘱託でもあった。
2004年に、従来は最大1000までとされてきたアイヌ語の数表現が、400万まであったとする資料を発見し、それまでの通説を覆した。

私は言語学畑の人間ではないので、言語学専門の家内を通じての付き合いで、一度お会いしたことがあるだけなのですが、破天荒で面白い方でした。
まだ結婚前に、家内の通っていた大阪外国語大学で、アイヌ語履修者及びOB/OGのフィールドワークに家内と参加させてもらい、アイヌの燻製技術を独自改良した魚井スペシャルの段ボール燻製法で、鮭の切り身の燻製や豚のベーコンを作らせてもらいました。
大量に作った切り身燻製やベーコンを、そのまま酒のつまみにしたり鍋にしていただきましたが、これまでに食べたことのない旨さで、また夜通しドンチャンしたにも関わらず食べつくせない量だったので、家にまで持って帰ったのも覚えています。
当時は家内と付き合い始めたばかりだったので、やたらいじられたのも記憶しています(笑)。

その後、家内も大学を出、私も家内も忙しくなったので、年賀状を送る程度のお付き合いしかさせていただいていなかったのですが、息子が生まれて何度か「北海道に行って魚井先生のところに遊びに行こうか」といった話も出、また私もようやく最近になって、アイヌ文化に関心を持ってきたので、また機会があれば一度先生と話がしたいと考えていた矢先のご逝去でした。

また、社会的にも、アイヌの先住民決議がようやく採択され、アイヌ語をはじめとするアイヌ文化への社会のコミットが進むであろう、その矢先の若すぎる死は、残念でなりません。

ご冥福をお祈りいたします。

2008年12月21日

Google未オルソ衛星画像にぶった切られた我が母校

Googleの衛星写真はオルソという処理がなされていないことは、以前の記事でも取り上げたのですが、その切れ目は割と綺麗に隠蔽されていて、どこで切れているのかよく判りませんでした。


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▲ 明らかに視線の異なる2つのビル ▲
でも画像の切れ目はよく判らない

上の写真だと、明らかに2つのビルの写された視線は異なるのですが、その切れ目がどこにあるのかよく判りません。
多分、ビルの間を通る道路の中間線とかでうまく隠蔽されているのでしょうが、なかなか見事なものです。
あと、記事を書き始めてから改めてチェックしたのですが、よく見てみると視点が「ここで切り替わって」いるのではなく、山手線を挟んで北側の街並みなんかと比較してみても、明らかに「上のビルの一角」だけ視線がおかしいです。
この一角だけ、後から違う視線の写真を補完したのかもしれません。
実は、この辺に住んでいるので知っているのですが、上のビルは比較的最近に出来たビルです。
地域全体の画像を置き換えずに、新しいビルに対応できるよう、一部だけ差し替えたのかもしれません。
だとすると、Street Viewの無チェック市街画像垂れ流しから想像されるイメージと違い、意外にGoogleは細かい衛星画像のメンテをしているのだなあと思いました。
上記の地図の中でも、右下の空き地のようになっている部分に、今は2つのビルと同じレベルの大きなビルがまた新たに完成しているのですが、もしかするとまたいつか、視線のおかしな新しいビルが、いつの間にか追加されている、という状況もあるのかもしれません。

でも、そこまで気をこめてメンテされているのは東京だけなのか、田舎の衛星写真を見ていて、ついにオルソの切れ目で潰されている建物を発見してしまいました。
こともあろうに、我が母校(笑)。


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上記地図の中央の中学校が我が母校なのですが、赤い線のすぐ右にあるベージュの建物、これが書道室や理科室、音楽室等が入っている校舎になります(在校当時の話で、今は違うかもしれませんが)。
が、上記の地図を、衛星写真で見てみると、


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なんか校舎の西半分ない(笑)。
見事に、視線の異なる未オルソ画像の切れ目にぶった切られています。
都会と違ってビルが少なく民家が多い中で、画像の切れ目があってもパッと見はほとんど判らないのですが、たまたま比較的大きな建物の端を切っていたために、気付いてしまいました。

...いや、何だと言われればそれだけの話なのですが、普段最初に紹介した例のように、綺麗に切れ目が隠蔽されている事例しか見つけていなかっただけに、切れ目見え見えのを見つけたのが面白かったという、それだけです。

アイヌリンク:

アイヌ語弁論で最優秀賞 大仙の中学教諭・田沢さん

「レタラ コーンソンテ(白い小袖に)」「レタラ ハーヨクペ(白い武具)」

今年の大会で発表した、「ユカラ」と呼ばれる英雄叙事詩の一節だ。「ヤイドレンペ コイキ(自分のつき神と戦う)」というユカラは、英雄が人間にとりついた悪い神と戦い、打ち勝つストーリー。アイヌは、ユカラを歌うときに「レプニ」と呼ばれる木の棒で、囲炉裏のふちをたたいて歌う。本番でもそれに習い、レプニで木の板をたたいてリズムを取った。詩の中に出てくる数々の対句が心地良く感じる。「耳にしたことのない言い回しばかり」と思ったが、通勤する車の中でCDを聴き、半年かけて覚えた。

AMNブロガーミーティング「ユビークリンク/全力案内!」に行ってきました。

AMNブロガーミーティングというのがあるらしくて、知人のhachimituさんが行けなくなったと言うことで代わりに言ってきました。
私はAMNってよく知らなくて、小飼さんとこにブログパーツとかはってあるのでアルファブロガーとかの限定サロンかな、くらいに思ってたのですが、なんかメーリングリストがあってそれに参加するとこういうイベント情報が流れてきて、自由に参加できるみたいですね。
まだ参加してないけど、参加してみようかなと思います。

で、今回代理参加したミーティングが、『株式会社ユビークリンクと携帯総合ナビゲーション「全力案内!」』。
割と業種が近いので、「全力案内」の名前だけは以前から知っていたのですが、これまではよく正体が判らない感じでした。
仲間うちでも、地図が無料化されたりナビタイムが台頭してきたり、そもそもキャリア自身がネイティブ地図やナビを付けてきて競争が厳しくなっているところに、後発でわざわざ参入してきて物好きな会社だな、的な空気しかなかったのですが。
でも、今回のミーティングを聞いて、ナビとか地図とかそういう既存プレーヤーがたくさんいる技術やコンテンツがコアではなく、道路情報という競合はVICSくらいしかいない新しいデータコンテンツをコアとして展開しようとしている、面白い&すごい会社でありサービスであることが判りました。

「ユビークリンク」は野村総研の100%子会社で、10人程度の体制だそうです。
で、全力案内というサイトのイメージから、ナビ技術の会社のイメージを持ってしまいますが、その実は、先にも書いたとおり交通情報コンテンツの提供元だそうで、その意味では道路交通情報通信システムセンターが出す VICS交通情報と競合するデータプロバイダのようです(その意味では、その後の懇親会でも話されていましたが、別に自分たちでサイトを立ち上げなくてもナビタイムにデータを売る等でB2Bで稼ぐと言う方向性もあり、それは全く否定していないそうなのですが、実際にデータを使う人の声に接したいということで、自分たちでB2Cを始めたとのこと)。

で、その持っている交通情報データと言うのが、全国主要都市で提携した10000台強のタクシーのリアルタイム位置データを元に生成した、各道路ノードのリアルタイムの流速データだそうです。

通常、VICS交通情報というのは、全国の総延長7万km程度の主要幹線に、公的機関が設置したセンサの情報を元に生成されるのですが、それでは全国83万kmに上る、生活道路を除いたナビに使える道路のうち、10分の1程度しか把握していません
よって、一般のVICS道路情報を使う限りでは、幹線が混んでいるか空いているかは判るのですが、混んでいるからと脇道に入っても、そこが混んでいるのか空いているのかは全く判らない、という状況に陥ります。
ドライバーへのアンケート等でも、渋滞に巻き込まれたドライバーが迂回しない理由を尋ねると、一番大きな理由は「迂回してもその先が空いているかは情報がなく判らないから」だそうです。

が、ユビークリンクの各タクシーについたリアル位置情報(そういうふうにして得られた位置情報を、ITS業界ではプローブ(探針)位置情報と言うそうです)では、実際にタクシーが走ったところがカバーしている道路になりますから、理屈上は全国83万kmの道路全てがカバー範囲になり得るといえます。
実際、ある瞬間のリアルタイムの流量情報把握カバー率を、3次メッシュ単位で%を出したところ、都心ではほぼ70-80%程度の把握率のようでした(もちろん、0%というところもありましたが)。

このような、「実際の自動車の位置情報=流れ」をプローブ把握して、VICS以外の独自情報としてナビに使おう、という発想は、各自動車/カーナビメーカ等も目をつけていて、ほとんど導入されている仕組みらしいのです。
が、ただ悲しいかな、そういう形でカーナビ同士の位置情報をプローブ把握しても、マイカーの利用は大抵土日に固まってしまい、稼働率も悪く、またマイカードライバーは大抵幹線を好んで走るので、情報が十分に把握しにくいそうです。
なので、一般カーナビ等ではプローブ情報を得てもリアルタイム利用はできず、「土日の何時ごろは混みがち、空きがち」といった統計情報しか使えないらしいです。

ですが、ユビークリンクのタクシーを使ったプローブだと、ほぼタクシーは24時間フル稼働していますし、プロのタクシードライバーは幹線にこだわらず脇道でも通るので、精度が高くリアルタイムに利用可能なプローブ情報を得られているようです。
実際に

  • ナビなし
  • VICSベースのナビ
  • リアルタイムプローブ情報ベースのナビ

を品川?日暮里間の11回試行で比較したところ、

  • 到達時間(他ケース比較12?30%短縮)
  • 到着時刻予測精度(平均4.6分、他ナビ11.3分。また、予測時間に対する誤差1割)
  • 燃料消費(最大19%、平均10%削減)

を、プローブ情報ナビは達成できたそうです。
特に、燃料削減が注目すべき点で、普通空いている道迂回と言うと、混雑を避けて回っていくので距離は長くなり燃料消費は多くなりそうなのですが、個々の混雑に出会ってから迂回ルートを探すのではなく、まず全体のルートから、もっとも空いているルートで計算するので、速いルートを選びつつ、かつ最短に近いルートで行けるそうです。

そのような独自データを元に切り込んできたユビークリンクですが、技術力以上に個人的にすごいなと思ったのは、実際にリアルタイムタクシー情報を集めてこれる体勢を作り上げたことです。
タクシーの位置情報が共通仕様のWeb-APIで公開されてる、みたいな状況では全くなくて、それどころか業界全体に情報を提供するよう強制できる業界団体のようなところすらなくて、個々のタクシー会社と個別に契約を結んで、地道に精度を上げていっている。
(もっとも、実際に交渉を担当された方ともお話したのですが、下手に牽制しあって意思決定が遅い業界団体とかと交渉するよりは、個別に交渉した方が動きがとり易い、とおっしゃっていましたが)
また、各タクシー会社で方式もプロトコルもデータ形式も違う位置情報管理システムから、データを収集する部分でもいろいろ苦労はあったんじゃないかと思います。
担当者の方はさほどの苦労でもないです、と言われてましたが、タクシー会社の担当はそんなシステムなんかに詳しくないので、各々の開発ベンダまで出向いて交渉しなかったりしなければいけなかったようですし、測地系だのDMS/度表記だの、異なるデータ形式をフィルタしてデータを集めているので、リアルタイム情報だけにそのディレイが馬鹿にならないとか、そういう話もされていました。
私も過去、データの配信プロトコルもデータ形式も違うプラントの各ベンダ各種制御機器からデータを収集し統計をとるシステムとか作ったので、情報提供してくれないベンダとの交渉の苦労や、物理インタフェースまで含めて異種データ間のインタフェースを作る苦労なんかは実感できます。

でも、個々のタクシーのリアルタイム位置情報を得ること自身は、既にタクシー会社各社程度の差はあれシステム化されていて、今のタクシー業界は、いかにすばやく顧客のいる場所に配車できるか、が勝負の世界になっているようで、システム化されていない業者は生き残れないような状況になっているとのこと。
昔のタクシーではよくうるさく通信が入ってきてたような、アナログ通信の音声での位置把握・配車はなくなって、デジタル無線とGPSでの位置把握・システムによる配車に置き換わっている。
むしろ、ユビークリンクの方が、当初プローブ統計情報が欲しくてタクシー会社にコンタクトしたところ、思った以上の業界システム化の現状を知って、これならプローブリアルタイム情報でもOKだよね、ということになったらしい。
私がまだ関西にいた6年ほど前は、住所を伝えても配車してくれなくて酷い目にあったりしたこともあったけど、随分時代は変わったみたい。

VICSという官製のトップダウン交通情報システムに対して、プローブ位置情報という草の根情報を集めて交通情報システムを作るという関係は、ちょうど位置情報で言えばGPSとPlaceEngineの関係みたいで、面白いなと思った。
官製システムが全域をくまなくカバーするのに対し、草の根システムがやはり草の根が多い都市部からの対応になるところも似ているし、(理由が違うので偶然とはいえ)草の根システムが対応しているところでは、草の根システムの方が正確な情報になるところも似ている。
これまでは天から降ってくるのが当たり前、と思い込んでいたいろんな情報も、視点を変えれば草の根的に補完できるものがもっとあるのかもしれず、それをいち早く見つけたのが、PlaceEngineやユビークリンクということになるのでしょう。
ただ、それを見つけ、実現するには、やれ今風の提供されたWeb-APIを机上で結びつけてマッシュアップ、とかそんな感覚では駄目で、ユビークリンクさんのように一つ一つタクシー会社を回って交渉したり、PlaceEngineのように全国走り回ってWiFi基地局情報かき集めたり、そういう昔ながらの泥臭い活動が、新しい価値創造には必要になるのだと改めて実感しました。

唯一今回のユビークリンクさんの発表で首肯出来なかったのが、「今のカーナビは、道路情報を車載端末に送り、端末でルート計算をしているが、リアルタイムな道路情報を用いる場合は、各端末に全道路情報を送って計算させるのは現実的ではない。未来のカーナビは、刻々と変わる道路情報を考慮してサーバ側でルート計算をし、結果だけを端末に送る形になるべきだ。」という話でした。
それは、現在の時点でできること、という前提の元でならば納得ですが、遠い将来的にもそれが最善か、という意味においては、全く首肯できません。
ミーティングに参加されていた「チミンモラスイ?の中の人」も、質疑の際に「オフラインになってしまうと使えなくなってしまうというのはいかがなものか」といった趣旨の質問をされていましたが、私も同感で、も一つ突っ込むと、せっかくプローブ位置情報というその局面局面、時間的にも空間的にもローカルな情報を用いているのに、それを利用するには中央システムへのコネクションが成立していなければできないというのでは、本質的ではないと思うのです(似たような話は、別分野ではありますが以前の記事にも書きました)。
今現時点では無理だとしても、遠い将来的には、各ローカル局面でプローブ同士がアドホックに情報交換しあい、中央サーバにアクセスしなくても局面局面で各ノードが自分達の問題を自己解決していくような、そういう方向性に進んで欲しいなと思います。

アイヌリンク:
詐欺師munyuuとのお笑い大戦で疲れ果てて、しばらく忘れてました。

アイヌ民族史、コミックに 登別の横山さん 「イ シカリ」第1巻発刊

故赤塚不二夫さんのアシスタント第一号で、市内在住の漫画家、横山孝雄さん(71)が、アイヌ民族の歴史を描いた歴史コミック「イ シカリ 神うねる河」(汐文社)の第一巻を発刊した。シャクシャインの戦いなどの史実を盛り込んだ意欲作で、横山さんは「集大成のつもり。若い世代に読んでもらいたい」と話している。

2008年12月07日

ジオメディア忘年会行ってきました

Posted by nene2001 at 23:10 / Tag: ジオメディア / 6 Comments / 2 TrackBack / Google Maps このエントリーを含むはてなブックマーク

Web 2008 Expoに続いて、翌日、こちらの記事でも紹介したジオメディア忘年会に行ってきました。
満員電車状態の会だったジオメディア新年会よりもかなり広い会場だったにも関わらず、やはり参加者は満員電車状態。
結局、何人来たんだろう?

ライトニングトークもあったんですが(というか最初から最後までずっと何かしらやってましたが)ほとんど聞けない状態。
代わりに、いろんな人に会ってきました。

  • GOGA小山さんの紹介で、アジャイルメディアネットワーク様の徳力さんとお会いしました。

国盗りのファンだと言うことで、「国盗りは『ネットでは人は動かせない』という常識への、挑戦的コンテンツだ」との言葉をいただきまして、ありがたい限りです。
いろいろ情報交換や貴重な示唆をいただきました。

  • 以前からGungiに参加させていただいたりとお世話になっているマイネット・ジャパン様の上原社長とお会いしました。

ネットにおけるディジタルディバイド解消への興味や、また小売店舗等のローカルな事業主が地域広告等を打つ際のランディングポイント量産手段として、マイネットさんのKatyに非常に興味を持っているのですが、そちらに関するいろいろなお話や意見交換等をいただきました。

  • コロニーな生活PLUSのゲームマスターで、最近株式会社コロプラを立ち上げられた、馬場社長とお会いしました。

位置情報ゲームの先達(先方が)として、いろいろ貴重な情報交換をさせていただきました。
ともに、このめちゃくちゃニッチな「位置情報エンタメコンテンツ」業界にいるものとして、競合とかっていう発想ではなく、一緒に業界盛り上げていきましょう、と盛り上がりました。

恥ずかしながら、コロプラさんの存在はずっと前から当然知っていたのですが、なんか見た目が普通の位置情報ゲームとは違いすぎてとっつきにくそうで、実は今まで参加してきませんでした。
が、馬場さんの紹介で始めてみたところ、最初の半日くらいはそれでもやっぱり何をやったらいいのかよく判らなかったのですが、徐々に成長していくコロニーを見るうち、また寄ってたかって(?)新参者に物資支援等のおせっかいを焼いてくれる他ユーザの来訪をみているうち、面白さが判ってきました。
国盗り的な、ある場所に行く事に意味があって、その達成具合をランキング等で他人と競うタイプのゲームではなく、距離というまさに通勤等でも得られる日常の中での移動を糧に、自コロニー育成と他ユーザとの助け合い・コミュニケーションを楽しむというタイプのゲームだったのですね。
コミュニケーションを活性化する仕組みも、多彩な階層の掲示板やアイテム・お土産・イベント等、いくつも用意してあって、よくこれだけの世界観を、たった一人で作り上げられたなあ、と感心することしきりです。
実は、国盗りでも、非日常的な遠征での国盗りだけではなく、日々の移動で日常的に楽しめる要素を作らなくてはという議論はずっとあって、「城下町育成」とかキーワードはずっとあったものの、(私も含め)何人も雁首ならべて誰一人具体的な世界観や企画に落とし込めなかったんですが、結局欲しかったのはコロプラ的要素なんじゃない?とか思えました。
いやあ、実にパクりたい...とか、3割方本心の冗談ですけど。
ちなみに、2日目終了目際の私のコロニー(第85988コロニー)の状況です。

コロプラ081207
人口 344人
お金 4プラ
食料 1368/1500 -
酸素 1368/1500 -
水分 1368/1500 -
ミサイル ON(レーダー0機)

  • DeNAの開発グループリーダー、能登さんとお会いしました。

ケータイのGPSデバイス化と並んで、私がこの業界に飛び込むきっかけとなった、伝説のNTTの実験「モーバイルインフォサーチ」というのがあるのですが、その中心となられた研究者で、ながらく私の憧れの人でもあった高橋克巳さんという方が、能登さんの大学の先輩にあたる、ということでした。
能登さん自身も私と同様、kokono.netに大いにインスパイアされたということなのですが、私のブログで過去高橋さんの話を取り上げたので、お声掛けしてくださいました。
高橋さんも、もう一度こういう飲み会とかに出てきて欲しいなあ...。

もちろん、シリウスさんやGOGAさん、サイバーマップ・ジャパン、Yahooさん、日産さん、shiganetさん、マルティスープさんのようなジオメディア常連の方から、今回はOSGeo忘年会も共催だったのでOSGeoメンバーやオープンストリートマップさん、さらにはライブドアさんまで、ジオメディアの裾野が広がったジオメディア元年の忘年会になりました。
この熱気を冷ますことなく、来年はさらに発展できればと思います。

「Web 2008 Expo」行って来ました

Web 2008 Expo(ただし2日目のみ)に行ってきました。
すんません、写真撮ってこなかったので文章のみレポートなのですが...。

Session 5の「Geomedia化するウェブ」から参加。
パネリストはYahooの地域サービス事業部長、村田さん(@生き生きモード(笑))とシリウスラボテクノロジーズ代表取締役の宮澤さん。
モデレーターは我らがジオメディアサミット運営チーム代表の関さん。

しょっぱなの、ジオメディアの歴史は、好評であったと共に力作。

村田さんは、ここで、革命的な出来事は2つあったとおっしゃってた。
1つは、97年頃のMapionやMapFanの登場で、それまで有料だった地図が無料で見られるようになったこと。
2つ目は、2005年頃の、Google Maps APIの登場で、地図が見るだけでなく、使うことまで無料になったこと。
が、村田さんは飽くまで「地図」の歴史に関する歴史として語ったので抜け落ちたと思うのだけれど、個人的にはそれに加え、2001年のケータイへのGPS機能追加を挙げたい。
基地局位置情報レベルまで遡るのならば、2000年でもいいのだが、その頃にケータイという常に持ち歩き、かつWeb空間に繋がるデバイスが、現在位置というコンテキストを検知できるようになり、かつ(ここが一番重要なのだが)その情報をシームレスにWebに流せるようになった、というのが、ジオメディアというものを考える歴史の中では革命的だったのではないかと思ってます。
ちなみに、2005年のGoogle Maps革命でたくさんの人がジオメディア系業界に飛び込んだように、私はこの2001年のGPSケータイ革命に感動して、この業界への転進を決めました。
なんだかんだと紆余曲折あった挙句、ようやくジオメディアを生業にできたのは、やっと去年だったりしますが。

続く、「なぜWebはジオメディア化しなければならないのですか?」という関さんの設問が、経緯ずっと知ってる立場からは面白かった。
なぜも何も、「ジオメディア言い出したんアンタ(関さん)ですがな」的な。
宮澤さんの「なぜ、ではなくて必然です」という答えがその通りだと思った。
別に、単に位置情報も、単なる属性、コンテキストの一つに過ぎないんだよね。
検索された文字に応じて、アクセスされた時刻に応じて、先に登録された性別等の属性に応じて、適切なコンテンツやリコメンドを提供する、というふうに、ユーザのもつ何らかの位置情報が取れたならばそれに応じて適切なコンテンツやリコメンドを提供できる、というだけの話で、普通の必然の進化過程に過ぎないと思う。

村田さんがその後話した、「テレビとか一般の広告市場はネットに食われて純減しているが、折込チラシやダイレクトメール等の広告市場は、むしろ今でも微増している」という趣旨の話は面白かった。
要するに、そういう位置的にローカルな効果を狙った広告市場は、いまだにネットはリアルに食い込めていないということ。
もちろん、そこには技術がどうこうという以前に、デバイスやコンテンツの未浸透と言うそれ以前の問題もあったりするんだけど、そういうところも含めて、ジオメディアの抱える可能性と課題として、考えていければと思う。

で、今回一番衝撃的だったのが、村田さんが「近々日本語環境にも対応させる」と言われていた、Fire Eagle
はてブでもこれだけブクマされてるし、もうほとんど誰でも知ってる当たり前っぽいアレみたいなんだけど、恥ずかしながら最近精神的に引き篭もりがちだったので、そういうものがあるのは知ってたけど何なのかは全然追ってなかった。
後で、ジオメディアサミットの仲間や同僚に、「以前レポートしてますよ、読んでくださいよ」と散々突っ込まれたのだけれど...。
これって、GOGAさんの呼びかけで開始された、GIS-GWの発想とよく似てる。
GIS-GWは、あるサイトで取った位置情報を、別のサイトへの遷移時に引き継ぐ仕様を統一しましょうという視点なのだけど、Fire Eagle的に中央に位置情報を集めて、位置情報をブロードキャストするという発想も挙がってた。
ただ、適用ユースケースとして挙がってたのは、TwitterとかFlickrで情報を共有するとかではなくて、もっぱら「ケータイ国盗り合戦」や「コロニーな生活PLUS」や「日本縦断!アンテナDASH」や「あんてなめぇ」、等等、みたいなユーザの時空間上の一点を占有する位置情報エンタメサイト間で、排他的にならずに位置情報共有して、各サイトが平和的に共存したい、という視点だったんだけど。
でも、それもGIS-GWがあらためてやらなくても、Fire Eagleが実現するなら、利用できそうだ。
ただ、位置情報エンタメサイトで利用するならば、やはり「位置情報の詐称」問題とか、「位置情報の取得手段(GPSか基地局か)と精度(GPS単独かハイブリッドか)」問題等の解決、またユーザに利用してもらい易いレベルまで仕様を落とす作業(断言するが、もしFire Eagleが日本語化しても、「国盗り」も「コロプラ」も「DASH」も「なめぇ」も、今のユーザ層の大半はFire Eagleを使いこなせないだろう)も必要になると思う。
その辺を、村田さんとも情報共有しつつ日本版Fire Eagleにフィードバックできればいいなあ。

その後の懇親会では、パネリストも務められたシリウスの宮澤社長に初めてご挨拶が出来た。
私もずっと注目してきていた位置情報ベースの広告を初めて形にし、ビジネスにされた方なので、ずっとリスペクトさせていただいていただけに、嬉しかった。

また、岩根研究所という会社の方からも、技術を紹介していただいたのだけど、こちらの技術、かなり面白い。
Googleストリートビューのような画像を取得するための技術なんだけど、よりクオリティの高い画像データが取れるようになっている。
サイトのトップページで紹介されているFLASHをみるだけでも概要は判るのだけれど、単に各ポイントで取得した画像を利用するだけでなく、前後の点での画像も処理し計算の中に入れることで、

  • 撮影車両の映り込みをシャットアウトして真上から真下まで死角のないシームレスな画像データ作成
  • 画像を道路面と同じ「平面」領域とそれを取り巻くビル面等の「壁面」領域に分割し、それを利用して映りこんでいるものの経緯度や高さ情報等も取得できる

といったようなことも実現しているようで、すごく面白い。

最近Googleのストリートビューを悩ませている「プライバシー」問題も、私道に入った云々はモラル/コンプライアンスの問題なので別として、通行人やナンバープレートなんかが映りこむ問題については、Googleの提供したいのは飽くまで街並み情報で、通行人やナンバープレートなんかはノイズに過ぎないにも関わらず、そのノイズが除けないためにいろいろ責められていて、可哀想だなあとは思っていたのだけれど(ただし、可哀想と思うのと問題ないと思うのは別問題なので、念の為)。
ここの技術を使えば、撮影車の映り込みを消す技術の応用で、通行人やナンバープレートを消すことも可能なのではないか。
聞いてみると、そういうことはまだやっていないということだったけど、前後の画像との差分で計算で撮影車両の映り込みがキャンセルできるのであれば、通行人なんかも、1回の撮影では無理だろうけど、お金をかけて2回同じ場所を撮影車両を走らせれば、1回目と2回目で違う映り込みをしたものは通行人や駐車車両といったノイズと判定し、キャンセルすることはできるんじゃないだろうか。

2008年12月03日

アイヌは部族だと言っている詐欺師に「アイヌは民族だ」と正面から論破する なお、先住性については本エントリは対象にしていない(Before As わしズムを読んで「アイヌは民族じゃないよ だから先住民族ではあり得ない」というような奴には、「国連先住『部族』の権利に関する宣言だよ」で問題ない)

Posted by nene2001 at 11:22 / Tag: アイヌ 民族 / 36 Comments / 0 TrackBack / Google Maps このエントリーを含むはてなブックマーク

わしズムにはこう書いてある。

(P.19から引用)
ネーション・ステート(nation state)のnationは「民族」である。
stateは「国家・政府」である。

国家を形成する「言語・文化・歴史」のポテンシャルを持っている集団を「民族」というのであって、それ以外はethnic「部族」である。

国会の先住民族決議は、そもそも「民族」「先住民族」の定義すらしていない

アイヌはnation「民族」とは言えない。過去にも、現在も「民族」であったことはない

だが、この中の「民族云々」の部分は、日本語の「民族」と言う言葉の定義の曖昧さを用いた詐欺であるのが判った。
私自身、確かにnationが民族とも訳されるのを知らなかったりと、無知な面もあったが、その辺を論ってくれる人がいてくれたお陰で、調査するうちこの詐欺構造に気付けた。
素直に感謝したい。

「民族」について、Wikipediaで引いてみると、

日本語の民族の語には、近代国民国家の成立と密接な関係を有する政治的共同体の色の濃いnationの概念と、政治的共同体の形成や、集合的な主体をなしているという意識の有無とはとはかかわりなく、同一の文化習俗を有する集団として認識されるethnic groupの概念の双方が十分区別されずに共存しているため、その使用においては一定の注意を要する。

日本語の民族は、訳語としてはnationに由来しながらも国家の存在を前提としないため、多くの場合には、このような意味でのエスニック・グループと一致することとなった。

という事が書いてあり、確かに「民族」という言葉自体は「nation」の訳語として登場したのだろうが、実際の利用の場面では「nation」「ethnic group」のどちらでも利用されることがあり、その判別にはコンテキストを読み取らなければならない事が判る。
コンテキストを読み取らない限りにおいては、「民族はnationだ、アイヌはnationではない、故にアイヌは民族ではない」等という論法は通用しないことが判る。

では、先住民族という場合、これは「nation」「ethnic group」どちらのコンテキストとなるのか。
国会の先住民族決議では、確かに「民族」の定義はされていないようだが、

昨年九月、国連において「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が、我が国も賛成する中で採択された。これはアイヌ民族の長年の悲願を映したものであり、同時に、その趣旨を体して具体的な行動をとることが、国連人権条約監視機関から我が国に求められている

という一文がある。
「先住民族の権利に関する国際連合宣言」が採択されたのだから、具体的な行動が求められている(よって本決議を採択する)という文意である以上、「民族」の定義は「先住民族の権利に関する国際連合宣言」に従うと解釈するのが自然だ...というか、それ以外に解釈のしようがないだろう。
「先住民族の権利に関する国際連合宣言」と定義が異なるのならば、それに沿った具体的行動でも何でもなくなるのだから。

では、今度は「先住民族の権利に関する国際連合宣言」の解釈に移ってみよう。
「先住民族の権利に関する国際連合宣言」の原題は、United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples であり、「Indigenous Peoples の権利に関する国際連合宣言」であることが判る。
では、この「Indigenous Peoples」の指す概念とは何なのか。
「nation」なのか、「ethnic group」なのか。
英語版Wikipediaで引いてみると、以下のように書いてある。

The term Indigenous Peoples or autochthonous peoples can be used to describe any ethnic group who inhabit a geographic region with which they have the earliest historical connection, alongside migrants which have populated the region and which are greater in number.

どう読んでも、「ethnic group」に対する定義であり、「nation」に関する定義ではない。
よって、「先住民族」というコンテキストにおいては、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」の定義による「民族」とは「ethnic group」であり、それを受けた国会の先住民族決議の定義も「ethnic group」であって、「nation」ではあり得ない。

日本語で「民族」と訳されてしまっているからといって、勝手に「民族なのだからnationだ、(中略)、よってアイヌは民族ではない」という詐欺論説の片棒を担いではいけない
「先住民族」というコンテキストでは「民族はethnic group」だし、「ethnic group」という意味の民族では、アイヌは立派に民族である。
この辺は、わしズム自体が保証してくれる
(ethnic groupを民族を訳すか、部族と訳すかの違いだけで、アイヌ=ethnic groupであることについては、わしズムもそう記載しているのだから)。
或いは、わしズム脳の輩が「民族はnation以外にあり得ない、ethnicは部族だ」と主張するのならば、そういう人との議論では、一般語彙の方を「先住『部族』」「国会の先住『部族』決議」「先住『部族』の権利に関する国際連合宣言」と読み替えて、何ら問題はない

で、ここまで証明した上で、あらためて考えてみると、こんなもん普通に考えれば当たり前のことである。
民族浄化(ethnic cleansing)等を防ぐために、国連宣言まで出しているのに、その適用対象が対象が「Nation(民族)」であるのならば、「Ethnic(部族)浄化の被害受けてるの?でもごめんねえ、君たちNation(民族)じゃないから救えないんだ、悪いねえ」等となって、何のことかさっぱり判らない。
前の記事でも書いたけど、国家を形成するポテンシャルを持っているNation(民族)しか先住民族として認められないのであれば、それは「先住民族問題」ではなくて、普通に「侵略問題」ではないのか?チベットとか。
「Nationのポテンシャルを持っている」先住民族問題の実例が存在するのであれば、誰か実例を教えて欲しい。全然想像がつかない。

以上だが、最後にバカがまた湧かないように、補足はしておく。これを書いているにも関わらず、またバカが湧いたら、バカにしてあげて欲しい。
本エントリは、「アイヌは民族ではない」という詐欺主張の嘘を暴いただけで、「先住」については特に触れていない。
もしかしたら、「先住」をきっちり定義できずに、「ほらみろ、アイヌは民族かもしれないが先住民族ではなかっただろう」ということにもなるかもね。怖いなあ。
でも、そういう人にはこの記事を参考にどうぞ。

この意見広告は、フロイトが分析したヤカンについての小咄と似た構造をしている。AはBから銅のヤカンを借りる。ところがAが借りたヤカンを返した時には、ヤカンには大きな穴が開いてしまっている。Bの非難に対して、Aは弁解する。

まず第一に、俺はBからヤカンを借りてない。第二に、Bからヤカンを渡された時には既に穴が開いていた。第三に、ヤカンは全く無傷の状態でBに返した。

この三つの弁解は、それぞれ別々に見れば、Bの非難に対する反論として妥当なものだ。問題は、これらの弁解がお互いに否定し合っているということだ。Aの三つの反論が同時に成り立つことはない。Aは自らが潔白である理由を列挙していくうちに、墓穴を掘っていくのだ。

===== 追記 2009/2/11 =====

         ,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
         (.___,,,... -ァァフ|          あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
          |i i|    }! }} //|
         |l、{   j} /,,ィ//|       『人間と論理的議論していると思っていたら
        i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ        相手が論理を理解できない獣だった・・・』
        |リ u' }  ,ノ _,!V,ハ |
       /´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人        な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
     /'   ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ        おれも何と議論していたのかわからなかった…
    ,゙  / )ヽ iLレ  u' | | ヾlトハ〉
     |/_/  ハ !ニ⊇ '/:}  V:::::ヽ        保守派だとか、ネトウヨだとか
    // 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ       そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
   /'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐  \    
   / //   广¨´  /'   /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ     もっと恐ろしい白痴の片鱗を味わったぜ…
  ノ ' /  ノ:::::`ー-、___/::::://       ヽ  }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::...       イ  

ここ数日、人間の痴性の深遠を垣間見てしまいました。

コメント欄で「お客」という奴が議論してきたので、相手してやったのですが、全く話が成立しない。
仮定論法で「仮に{Aを受け入れた}としても...」という記載があれば、その論法を無視して「{Aを受け入れた}とあるじゃないか」と主張してくるような有様で、まともに議論が成り立ちません。
詳しくはコメントの経過をずっと追っていっていただければ判ると思いますが、自分に都合のよい単語の周りしか見えない、文章の論理の流れを終えないかわいそうな馬鹿の子なのだなと思い、最終的には本エントリの主旨を平易な集合式で表してやりました。

=====ここから=====
定義:
IP=Indigenous Peoples(英語語彙)
I=indigenous(英語語彙)
N=nation(英語語彙)
EG=ethnic group(英語語彙)
M=民族(日本語語彙)
A=アイヌ

1.従来の社会の動き:
国連のUnited Nations Declaration on the Rights of 「Indigenous Peoples(=IP)」宣言に従い、その実効手段として我が国会で先住民族決議が行われ、それらの対象としてアイヌ(=A)を想定する議論が行われた。
ここで何より重要なのは、IPとAとの間の関係(A∈IPが成立するか否か)であることに留意されたい。

2.小林よしのり、munyuu、お客等(以降、BAKAグループと呼ぶ)の主張:
前提として、「M=Nである(これを前提「BAKAMARUDASHI」とおく)」との主張を行った。
また、
 ・IP⊂Nである(命題「USO800」と置く)
 ・A∈EGであるものの、A Nである。
を示し、「A Mである」、「A IPが証明された」、と主張。

3.本エントリでkokogikoの調査結果(詳細はエントリ内容確認のこと):
以下の2点が判明した。
 (1) より一般的な日本語語彙の定義では、「M=N」は成立せず、普通は「N⊂M、かつEG⊂M」、すなわち「M=N∪EG」である。(これを、より一般的な前提「MATOMONAKANGAE」と置く)
 (2) また、「IP⊂N」であるとする命題「USO800」は虚偽であり、「IP⊂EG」である。
 (3) 「A∈EG、A N」については問題ない。

4.∴次の3点が紛れなく導き出せる。
 (1) どのような前提に立とうとも、「A∈EG」であり「IP⊂EG」である以上は、「A IPが”証明されていない”」ことは紛れもない事実である。
 (2) 日本語における一般的な前提である「MATOMONAKANGAE」を採用する限りにおいては、同時に「A∈M」が紛れなく証明され、この一般的な前提の元では、「A Mである」と主張するBAKAグループの主張は虚偽である。
 (3) 「「仮に」」アホ丸出しの奇矯な前提「BAKAMARUDASHI」を採用するとしても、前提に関係ない構造である「A∈EG」「IP⊂EG」は崩れない以上、「A IPが”証明されていない”」ことは紛れもない事実であり、「A IPが証明された」とするBAKAグループの主張は虚偽である。

5.いずれの前提を採用したとしても、最重要であるAとIP間の論理的関係を示すのに、Nは全く介在しない。
よって、ことさらにNを持ち出して「A IP」を主張しようとする輩は、詐欺師以外の何者でもない。

6.もちろん、いずれの前提を採用したとしても、「A IPは”証明されていない”」が、一方で「A∈IPも”証明されていない”」。
が、本エントリ及びコメントを通じて、私が「A∈IP」等というようなことを主張したことは1度もない。
むしろ、「IP⊂EGかつIP⊂IすなわちIP=EG∩Iなので、A∈IPの成立にはA∈Iの確認が必要」と明確にしている。
=====ここまで=====

が、これですら理解できず、『テキトーなこと書いて「示してある!」と強弁することなんか誰にでもできますねえ』なのだそうです。
唖然とするしかありません。

論理を共有できると言う前提に立つことで、議論の結果益が得られると考えられるからこそ人と議論するわけですが、論理的思考を期待できない獣と話しても益もなく時間の無駄なので、とりあえず今後「お客」は放置します。

しかし、これほどの馬鹿が世にそれほどいるとは思えないので、munyuuが名前を変えて登場したのかと思ったのですが、接続元のプロバイダが違うのでどうやら別人ぽいです。
世界は広い...。

2008年12月02日

わしズム内の一服の清涼剤「るいるいかむい」

munyuuさんが「読め!」とおっしゃるので、「わしズム」買って読んでみました。
なんとも言えん「アレゲ」な感じでしたが、1つツッコむだけでも、

  • 「民族(nation)」は民族国家(nation state)を形成できるレベルの物しか言わず、そのレベルでなければ「部族(ethinic)」なんだと。
    で、国連の「先住民族決議は民族の定義すらしていない」からダメなんだと。
    えらい適当だな。
    • 普通に英語圏の多民族国家で民族を記述する欄に書かれているのは「ethnicity」だと思うのだが。これって部族を書くの?
    • Nation Stateの訳としては、確かに民族国家とも訳されるけど、普通はまず「国民国家」だと思うんだがNationもまず「国民」だろうし。より人工性、恣意性が高いわな。
    • 先住民族決議は民族の定義すらしていないというが、定義されてないんだったら民族ならOKで部族はダメと言うこと自体そもそも言えんだろう。
      マイノリティを救済する精神を汲めば、仮に「部族」と「民族」が明確に区別されるとしても、部族を排除する意味はないわな。
      というか、採択文を検索してみると、「ethnic」はいっぱい引っかかるが、「nation」は「United Nations」と、Article 9(草案でいう第9条、「先住民族およびその個人は、当該共同体または国(nation)の伝統と慣習に従って、先住民族の共同体またはに属する権利を有する」)の部分しか引っかからんぞ。
    • というか、国を形成できるレベルの集団がいるところに、別勢力が進入したならば、それは先住民とかいう以前に「侵略」だろう。チベットは国家を形成していたが、チベット問題は先住民問題か?侵略問題だろ?
    • 国を構成していなければ先住民族でないのならば、アメリカ・インディアンですら先住民族ではないわな。
    • 逆に、沖縄は国を形成していたのだから、この謎定義の民族の要件を満たしてしまうのだが、それはいいのか?

といった具合で、たった一つのこと取ってもこれだけツッコめる。
何の疑問も裏付けも取らず、書いてあること頭から信じれば、「ほうほうなるほど、スゲーもっともだ」となるのだろうが。

他にも、何の裏付けもなく「蝦夷(えみし)=蝦夷(えぞ)」とか言っちゃうし(そういう説もあるが確定してる訳じゃない)、松前藩は蝦夷起源だとか言ってるし(国盗りで調査してるから知ってるが蠣崎氏・松前氏は武田家と同じ甲斐源氏の血筋。家紋も武田菱。もちろん、蝦夷の血も入ってはいるだろうが、蝦夷起源とは言えない)、そもそも、マスメディアや教育機構の発展した近代の国民国家の元での、暴力的なまでに急速な同化を語るのに、国民国家がなかった時代の緩やかな同化の歴史を延々と語ったところで、何の意味もない(実際、先の記事にも書いたとおり、先住民族の定義の項にも、「近代国家の成立に際して...」とある)。

とまあトンデモ主張満載の同誌だが、一服の清涼剤は、アイヌという言葉を使うでもなく、アイヌ民族を描くですらなく、ただ自らの日常を暖かい絵で綴りつつも、アイヌ的な世界観を綺麗に表現した、こうの史代さんの「るいるいかむい」でした。
ググッてみると、こうのさん自身の「るいるいかむい」と「わしズム」に込めた思いが綴られた記事が見つかりました。
今回の「わしズム」の内容に疑問を呈しつつも、これが「和人」と「アイヌ」が触れあう契機となればと、今後の小林よしのりに期待する旨の事が書かれています。

が、残念ながら、こうのさんの思いが届くことは100%ないでしょう。
私も過去、彼に同じような思いを馳せたことがあるからです。

私も過去、今となっては黒歴史ですが、小林よしのりにかなりハマっていた時期がありました。
ちょうどその頃、私はいろんな事情で従軍慰安婦問題に軽く関わっていたのですが、その問題を小林よしのりが採り上げたので、かなり喜びました。
私は、慰安婦の側から考える立場でしたが、「わしらのじっちゃんを貶めるな」という小林よしのりの問題提起もよく判りました。
が、「国のために働いてくれた人を貶めてはいけない」というロジックで語るならば、慰安婦だって「そうやって戦ったじっちゃん達を、癒してくれた「国のために働いてくれた人」」以外の何者でもないわけです。
「国のために」を語るのであれば、慰安婦を裁判に送り出そうとしている支援団体のことは何と言おうが、「慰安婦本人」は決して貶めてはいけないはずなのです。「じっちゃん」を貶めてはいけないのと同様に。
ましてや、「軍が強制的に連行した記録など見つかっていない」から「慰安婦は売春婦、嘘吐き、賠償金の亡者」という論調がまかり通りましたが、軍の強制連行は証明されていなくても、業者の暴走で意に沿わない女性が慰安婦にされたり、そもそも当時ですら法律違反だった年齢の少女が慰安婦になった例は実際に存在します。
そういうところから考えても、「兵士のじっちゃんを貶めない」、けれど「慰安婦のばっちゃんも貶めない」、そういう視点は彼なら提示できたはずですし、実際私は当時、そういう手紙を彼に送っています。

が、彼はそれをしませんでした。
むしろ、一方的に「じっちゃんの立場」だけを語って「ばっちゃんを貶める尖兵」化し、「鬼畜日本兵史観」と「慰安婦売春婦史観」の対立を激化させた戦犯となりました。
それ以来、私は彼に思想的な期待をすることは止めました。なにか対立を止揚して新しい価値観を提示できるような男ではない、ということははっきりしましたから。
今考えれば、幼いというか、青臭い期待でした。

おそらくアイヌ問題でも、こうのさんの思いとは裏腹に、小林よしのりがアイヌの立場から物を見直すことは100%ないでしょう。
期待するだけ無駄であることを、今お伝えしておきます。

姫路のオモシロ寿司屋

Posted by nene2001 at 04:24 / Tag: 姫路 寿司 / 0 Comments / 0 TrackBack / Google Maps このエントリーを含むはてなブックマーク

行ったわけじゃないので、Webサイトとかだけでのオモシロ感なのですが...。

先日の新幹線旅行レポートのGoogle Adsenseをふと見てみると、「姫路の寿司屋」の広告が。
ローカルな飲食店、それもチェーンとかでなく個人商店の広告を、Adsenseみたいな時空間を特定しない広告プラットフォームに出すのって不経済だよなあ、AdLocalとか使えばいいのに。
とか思いながらサイトを覗いてみると、本格的な寿司屋というか、一食一人1万円以上とかのノリの店で、アクセス案内にも普通に東京からのアクセス時間とか載ってるくらいのところだったので、まあそういう店なら、位置情報連動広告で近場で表示されたからと、フラッと寄るような店でもないんだろうね、客層を考えるとAdsenseでもいいのかなと妙に納得した。

で、その後もなんとなくその寿司屋のサイト覗いてたら、なんとなく、そこはかとなく面白い。
全然悪い意味じゃなく。

百聞は一見になんとやらなので、こっちなんだけど。

すし一のホームページ

なんか、いろいろやってて、楽しそうだ。
なんか本格的な寿司屋とかって、行ってみると一見さんお断りの大将とか居たりして、作法がなってねえとか怒られたりしたらどうしようとか、予算の面だけじゃなくて超敷居が高そうなんだけど、WiFiありますとかのノリのこの店なら気軽に入れそうだ。
今度、姫路の実家に戻ったときは、行ってみようかな。

「定義できない」とのたまうものを自説根拠の説明の中で延々と使う不誠実(笑)

Posted by nene2001 at 02:20 / Tag: お笑い ネタ / 4 Comments / 0 TrackBack / Google Maps このエントリーを含むはてなブックマーク

もはや論争の体をなしてませんが。
とりあえず、個人のエンタテイメントとして続けます。

 

現代アイヌの政治運動は利権獲得のためのようだな。

アイヌ民族の定義について問い詰めた結果、kokogiko さんは、アイヌ民族の立証責任を私に押しつけて誤魔化すことしかできなくなりました。
難しい言葉や用語を使っただけで、他人より優位に立てると考えるアホサヨクのステレオパターンそのものでした。

いやいやいやいや(爆笑)。
長々とアイヌ民族等いない、いない、と叫びつつ、その同じコメントの中ですら未定義であるはずの「アイヌ民族」を論証の中で平気で使っていた貴兄の知的不誠実を問うただけであって、その限りにおいては「立証責任は貴兄にあったわけです」
私は、何度か定義していますよ。貴兄が何故か納得していないだけで。
何故か納得していない割に、貴兄の論証の中では、「バカサヨクが未定義のアイヌ民族という言葉を使っている」という事実指摘以外の、自説根拠説明の中でも、未説明のまま「アイヌ民族」「アイヌ民族」と使いまくっていますよ。
先にも書きませんでしたか?民族の定義ができないとのたまうならば、自説の論証の中に未定義のまま民族という言葉など使うなと。
使うのならば、どうぞあなたなりの定義をしてください。
自分で定義できないといっているものを未定義で平気で使っている馬鹿さ加減が判りませんか?

 

http://kokogiko.net/m/archives/002211.htmlへのコメントを保存。
>あなたの定義での、アイヌ民族の定義を教えてください。
そんな民族は存在しません。
アイヌとは、北海道に住んでいたシュムクルなどの部族をまとめて呼称するためにいわゆる和人が作った言葉ですよ。
ですから、定義など不可能です。

はい、その定義で十分です。
十分クラスタ定義できているじゃないですか。いけずですねえ。
その定義に基づいて、過去の私の主張を読み返してみてください。
なんら破綻していないと思いますが。

ちなみに、Wikipediaでの定義では、

先住民族(せんじゅうみんぞく)とは、国土の一定地域を先祖伝来の彼らの領域として暮らし、言語、文化、宗教などで他の民族集団とは異なる独自の特徴を有し近代国家の成立に際してその主要な構成民族として関与せず、国家から従属を強いられ、又は侵略され、それ故に先住権と自決権を主張する民族集団である。

となっていますが、たとえ貴兄の主張する

アイヌとは、北海道に住んでいたシュムクルなどの部族をまとめて呼称するためにいわゆる和人が作った言葉ですよ。

という話に意味があるとしても、それが何か?としか思わないのですが。
アイヌがひとまとまりであろうがなかろうが、別に分かれていたとしてもその一つ一つがこの定義上での先住民族定義にあてはまるだけだと思いますが。
すごいね、日本の先住民族っていっぱいいたんだ。

後、見返した際に気付きましたが、あなたが散々「恣意的だ、恣意的だ」と言ってきた「歴史をどこまで遡るか」についても、本定義だと

近代国家の成立に際して

と明確に定義されてますね。

 

>自称であるならアイヌ人じゃないはずだし、アイヌ人であるなら自称ではないはず。
アイヌ人という人種が存在したことはありませんし、アイヌという社会集団が形成されたこともありません。 北海道には10近い部族が住み、それぞれ別個の名称をもっていたようですよ。
強いて言えば、アイヌ人を自称しているのは北海道ウタリ協会の構成員くらいです。

件のところは、貴兄の記述の論理破綻を指摘しているので、その上に勝ち誇ったように自説を展開されても...(苦笑)。
まあ、それはおいておくとしまして、

> 北海道には10近い部族が住み、それぞれ別個の名称をもっていたようですよ。

全くその通りですね。
で、先にも書きましたがそれを私の論旨展開のクラスタとして採用しても、全く問題ありません。
それが一枚板であろうが諸部族であろうが、先住民族の定義を満たすのも、先に示したとおりですし。

> アイヌ人という人種が存在したことはありませんし、アイヌという社会集団が形成されたこともありません。

いやいやいやいや、同じ文章の中で、

> 強いて言えば、アイヌ人を自称しているのは北海道ウタリ協会の構成員くらいです。

と書いてますが、普通に社会集団成立してるじゃないですか。

やたら、アイヌが諸部族だった、というのにこだわっているようですが、一方で貴兄自身が「文化や血など、いくらでも変わっていく物です」と言っているじゃないですか。
別に歴史の流れの中で、諸部族が言語や文化の類似性から、小異を捨て大同を採って、まとまっていっても何ら不思議はないと思いますが?
アメリカ・インディアンが、アメリカインディアンという一部族だったとでも思っているとか?

貴兄の中では、「文化や血など、いくらでも変わっていく」のは、国家に回収される方向でしか認められないのですか?
その恣意性はどこからくるの?

 

>日本語で反論した場合は、文化的圧殺を認めた物と見なします。
ぷ(w そうやって証拠も見せずに逃げるのは、文化的圧殺が無かった証拠ですね。

いや、十分に証拠を出してると思いますが何か?
アイヌに対する文化的圧殺と同じ構造と同じ構造を、あなたに提示しただけです。
その構造に、あなたは反発した。
十分、文化的圧殺の証拠じゃないですか。
アホですか?

 

>証拠はあるのですか?

いわゆるアイヌを祖先に持つ日本人なら、たくさんいますよ。
いま、アイヌを自称している人々も4?5代もさかのぼれば、いわゆる和人を祖先に持っています。
いわゆるアイヌ人といわゆる和人との混合は、とっくの昔に終了しているのです。
いま、目にするアイヌ文化やアイヌ人は政治的意図にそって、捏造や創作されているものでしかありません。

なんか意味がわからなすぎてめまいがしますが。
それで何が示したいのですか?

> いわゆるアイヌを祖先に持つ日本人なら、たくさんいますよ。

当たり前でしょ。
その人が日本をアイデンティティの礎にしようが、アイヌをアイデンティティの礎にしようが自由だし、そもそも自らがアイヌの血をひいていることにすら気付かなかったとしても、何の不思議もない。
それが文化的ジェノサイドの結果なのか、自発的融合の結果なのかは、それだけを見ても何も判らないのですが、何が示したいの?
貴兄の言っていることは、たとえていうならば「そこに死体(いや、飽くまで喩えで、死体という言葉に何か意図をこめているわけではないですが)がある!はははは、これが自殺の証拠だ!」と言っているにすぎない。
貴兄の示した事実として判るのは、「そこに死体がある」ということだけで、それが自殺か他殺かは、司法解剖なりした証拠を示さないと判らないはずですが?
他人事ながら、本当に衷心から心配しますが、脳みそ大丈夫ですか?

> いま、アイヌを自称している人々も4?5代もさかのぼれば、いわゆる和人を祖先に持っています。
> いわゆるアイヌ人といわゆる和人との混合は、とっくの昔に終了しているのです。

だから、もう随分先にも書きましたが、それが何か?
なぜそこまで純血にこだわるのかがさっぱり判りません。
個人のアイデンティティの問題では?
なんでもかんでもWikipedia、というのは本当に嫌なのですが、そちらでも

誰が先住民族の構成員であるかは、その民族による認知と、個人の帰属意識によって決まるというのが一般的である。しかし、例えば国家が先住民族の構成員に対して、国家賠償を行っている[要出典]北アメリカなどの例では、純粋な先住民族の血が16分の1以上とか、極端には4分の1以上までと法的に制限している[要出典]。

とされていますが?

2008年12月01日

的外れですた恥ずかしい Googleは世界標準の絵文字を作ろうとしてるわけではない、少なくとも、今のところ > いや、やっぱり目指してるのかな

ごめん。
さっきの記事の一部、

Unicodeで標準化するとなれば、世界的な標準となると思うのだけれど、それが日本の風物に根付いたものだけでいいのか?
  ......
本気で絵文字をUnicode標準化考えるなら、こういうところから考えないといけないと思うのだけれど、日本の国内キャリアがそんなところまで考えて標準化に取り組んだとして、何かメリットがあるの?と思う。

とか、超的外れっぽい。
同様に、弾さんの元記事に、世界をリードとか、国際競争力とか云々ブコメ入れてる人達も、超的外れっぽい。

Googleは、「「日本の」ケータイ絵文字を標準化(というかぶっちゃけて書くと変換テーブルの共有化)」しようとしてるだけで、「ケータイ絵文字を(日本だけでなく世界の文化等も組み入れた形での)「世界標準化」」しようとしてるわけではないと思う。
少なくとも、配布されているデータを見る限りにおいては、後者を視野に入れているっぽい感じは見受けられない。
記事等の記述を見ても、産経の記事では後者を狙っているっぽい紹介をされているけど、Googleのブログ記事を直接読む限りでは、後者を目指しているとは受け取りにくく、素直に読むと前者としか読み取れないと思う。
ぶっちゃけ、「日本のケータイ絵文字がキャリア毎に違っててウザイから、相互の変換テーブルを作ろう、で、そいつをみんなで共有しよう」ということだけのスタンスだと思う、少なくとも今のところは。
(もっとも、こういう場ができた以上、将来的にどう進むかは判らないけど)

ケータイ絵文字の変換テーブル共有化&ライブラリ化は、Perlの世界ではギークな人達の間で研究が進んでいて、Encode::JP::Mobileというモジュールもあり、私もすごくお世話になってる。
ケータイ3キャリア間なら(私は使ってないけどもしかしたらWILLCOM含めた4キャリア間も)、このライブラリを使うだけでほとんど絵文字を意識せず処理できる。
Googleの今回のは、そのより汎用版、くらいの位置付けじゃないかと思う。

ただ、Encode::JP::Mobileの場合、絵文字の入力はケータイからというスタンスと、また各社絵文字の文字コードが、ちょっと工夫をするとUnicode上で衝突しないので、ケータイから入力された絵文字は特に変換せず各社のUnicodeマッピングでそのまま保存し、他キャリアで見られる場合のみ、その際に変換テーブルを通して変換する、というのがベストプラクティスになってる。
が、Googleの場合、GmailなんかでPCからケータイにメールを送る際にも絵文字を使えるようにしたいのだろうし、また蓄積されたデータを検索する際にも共通文字コードで保存されていた方が好都合だろうから(絵文字を検索するというシチュエーションはイマイチピンとはこないけど)、相互ラウンドトリップ可能な文字については積極的に別マッピングを与えていこう、というアプローチになっている点が、違うだけだと思う。
多分。

というわけで、おそらく今の段階では、絵文字で世界をリードとか、絵文字の国際化とかの次元の話では全くなく、半角・全角文字をどう処理するか、というのと同レベルで、単純に日本市場ローカルの問題だと思う。
キャリアが主導しないといけないようなレベルの話でも無いと思う。
というか、逆にこれを言い出したのがGoogleではなくキャリアだったりしたら、「ガラパゴス世界のどうでもいいけったいな仕様のために、公共のリソースを費やすな」とか、逆にタコ殴りになってた可能性だってあるんじゃないの?
コンソーシアムの温度とかしらないから妄想かもしれないけど、外部のガラパゴス批判厨なら言い出しそうだ。

もちろん、今後、世界共通の絵文字を作ろう、みたいな動きに発展する可能性はなきにしもあらずだけど、少なくとも現時点は、「日本のローカル問題を処理するためのデータを、車輪の再発明しないようにみんなで共有しようぜ」レベルの話だと思う。

-- 追記 --

こちらで知りましたが、こんなのもあるんですね。
なので、単純にPCからも入力するから、とか検索に便利だからだけでなく、漏れているものは個別コードにマッピングしよう、ということなのかな。

んー、ちょっと判らなくなった。後のこの記事の方が逆に的外れなのかも。

-- 追記2 --

やべっ、2個目の記事の方が本格的に的外れな気もしてきたのでタイトルだけ変更。
でも何となく違うという気が自分でもしてきたのだけど何が違和感なのかまとまらない。

アイヌリンク:

有識者懇、首都圏のアイヌ民族と懇談

佐藤座長は「アイヌ民族が置かれてきた厳しい環境と現状が見えてきた。必要な政策を国民全体に理解してもらうために、提言には歴史をしっかり織り込み、国の責任もはっきりさせる」と語った。次回の懇談会は12月25日に行われ、諸外国の先住民政策などについて話し合う。

絵文字標準化でのキャリア批判に思うこと

Googleによる絵文字標準化検討の話自体は大歓迎。
私も苦労してきたので。
けど、

News - 絵文字標準化 by Google -404 Blog Not Found-

「絵文字をどうするか」なんて、Unicode Consortium ではずっと前から議論してた。
ケータイ各社からのプロポーザルを待っていてさえいた。

で、やるのは結局 Google だ、と。

ドコモよ、AUよ、ソフトバンクよ。

貴様ら一体どこで油売ってたんだよ。あ、油じゃなくてケータイか。

ついこないだまで、「ガラパゴス特有の絵文字機能等、iPhoneに必要ない」という論調がまかり通っていたかと思えば(弾さんが言ってた、じゃないですよ)、状況が変わった途端こういう話が注目が集める。
なんだかなあ、と思う。
メタブクマでも誰かが書いてたけど、どれだけ自虐的なんだ。
別に見方を変えれば、日本独自の絵文字文化が海外にさえ影響を与えたスゴイ、という見方だってあると思うのだが。

一言で「絵文字標準化」っつったって、ある程度「実言語・文字」という規範があってすら、色々紛糾して「TRONコード」みたいなのも出ている状況なのに、「感性」の産物である絵文字の統一が、そう簡単に合意に至れるわけがない。
例えば、

  • 「怒った顔」ひとつとっても、DoCoMoでは「吊り目への字口の怒り顔」「頬を膨らませた怒り顔」というのがあるのだけれど、EZでは「への字口の怒り顔」「顔を横につんと逸らした怒り顔」「鼻息の荒い怒り顔」だったりする。
    さらにはEZの場合、同じような表情で、「人の顔」「猫の顔」「もやしもんの菌みたいな格好で微妙に全身表現になっている感情表現」があったりする。
    これを単純に、「怒り顔」としてフォールバックしていいのか?
  • 「OK」の表現でも、DoCoMoは親指を立てたエドはるみの「グゥー」の指で「OKの絵文字」としているが、EZはちゃんと「親指立て」と「一般のOKサイン」の2つ用意している。
    これを単純に、「OKサイン」としてフォールバックしていいのか?
  • ハートの絵文字一つとっても、DoCoMoで4通り、EZで12通りもの絵文字がある。
    これを単純に、「ハート」としてフォールバックしていいのか?

というような状況で、ましてや各利害当事者の依って立つ規範が「感性」でしかない状況では、直接の利害当事者が調整したところでむしろ紛糾するだけだろうし、またそれを進める動機付けだって少ないだろう。
主体的に関わってしまえば、自社にない絵文字が標準採用されてしまえば、それに対応せざるを得なくなってしまうのだろうし。

それに、絵文字には日本の文化風物に根付いたものも含まれている。
Unicodeで標準化するとなれば、世界的な標準となると思うのだけれど、それが日本の風物に根付いたものだけでいいのか?
お茶碗ご飯やおにぎり、日の丸弁当の絵文字はあるけど、キムチや餃子の絵文字はない。
ホットドックの絵文字もない。ハンバーガーはあるけど、一緒にしてしまっていいのか?日本人にとってはほとんどどうでもいい問題だが、多分本来は漢字の異体字をどうするかより難しい問題だ。
台風の絵文字はあるけど吹雪の絵文字はない。雷の絵文字はあるけど竜巻の絵文字はない。
新年の絵文字は門松だけど、これは「新年」の絵文字と言うことで1つ定義して、各国毎にローカルでの新年イメージを絵文字定義すると言うことで果たしていいのか?
鉄道の絵文字が「地下鉄」「電車」「新幹線」とやたら細かく分かれてて、一方で「自動車」の表現はあまりないのだけど、これは日本以外の実情にあってるのか?
そもそも、国旗の絵文字だってあって、当然今は日本とつきあいの深い国の国旗しか定義されていないわけだけど、これはそれでいいのか?
本気で絵文字をUnicode標準化考えるなら、こういうところから考えないといけないと思うのだけれど、日本の国内キャリアがそんなところまで考えて標準化に取り組んだとして、何かメリットがあるの?と思う。
別にメリットが無くても取り組んだって構わないんだが、同じ日本の国内からですら「ガラパゴスケータイの不要な機能」として論われていた絵文字を、世界標準化しようという動きが出なかったからと言って、何が責められなければいけないのか、と思う。

むしろ、ブクマでも誰か書いてたけど、各キャリアには統合メリットはほとんどない。
統合メリットがあるのは、キャリア横断でのシステムを作る必要があった、サービス提供者側。
なのだから、利用者側だからこそ統合を進めようというモチベーションが出てくるわけで、その意味ではその中での巨大プレーヤーであるGoogleが旗を振り始めるのは何の不思議もない。
むしろ責められる必要があるとすれば、キャリアじゃなくて、Googleが旗を振るまで誰も声を挙げなかった、むしろ「絵文字対応ウザイ、ガラパゴスケータイウザイ、そんな機能イラネー」と目を背け続けた、私も含めた日本の開発者の方だと思うのだけれどどうか。

キャリアには純粋に、「もう7年、8年以上も前から、絵文字という独自の文化を発掘して、育ててくれたその先見性にありがとう」と思うけどな。

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